クラムボン・ミトの『アジテーター・トークス』Vol.1 大森靖子
クラムボン・ミト×大森靖子が考える、ポップミュージックの届け方「面白い人の球に当たりたい」
「手数を多くして、引っかかってくれたところに本質があるという仕掛けを」(大森)
――その切り貼りが一つの物語として、独特な形で繋がっていくというのもまた、大森さんの魅力であり、強みの一つではないかと思います。ミトさんは以前のインタビューで楽曲の“強度”について言及していましたが、大森さんにはどのような強さを感じますか?
ミト:彼女は彼女の中で、自分は演出家だということを自覚しているようなところがあって、それに見合った“個”も持ち合わせている。本人は自分のことをアウトサイダーだと思っているかもしれないけど、向かうべき場所はもっと芸能的なところにある気がする。80年代アイドルに近い演出力を持っていると感じるので。
大森:演出を意識的にするというのは今回の作品もそうなのですが、ただ、メジャーデビューあたりから、トータルの世界観を演出することが多くなり始めて。本名でやっているので、自分との乖離がどんどん強くなりました。関わってくれるひとが多くなったこともあるし、投げかけた問いをお客さんがリアクションしてくれて、そのうえで見えてくるものも増えてきて。でも、そのズレを面白がっていると、自分自身がよくわからなくなってくるんです。そんなタイミングで結婚があって、本名が変わって『大森靖子』が芸名になったので、一気に楽になりました。
――なるほど。結婚を機に、大森靖子が一つのキャラクターになったんですね。
大森:はい。自分自身では作品に対して色々な面があるのは面白いと感じていて。会社に例えると、一曲一曲が社員として違う仕事をやっていて、仕事の出来不出来があるみたいに、みんなに愛されないしハマらない曲もあるわけです(笑)。でも、その不出来さが可愛くなる時もあったりして。
――面白い感覚です(笑)。『TOKYO BLACK HOLE』も作品として多彩な面を持ち合わせているわけですが、大森さんがいち演出家として、ミトさんと組んだこの曲をタイトルトラックにした理由は?
大森:この曲には、自分が注いだ熱量が歌詞に反映されているからですね。ただ表題曲にすると、世間にポップな音楽として広がらなくて、真ん中のほうに行けないかもしれない……という気持ちもありました。でも、ミトさんのアレンジが返ってきて、これなら大丈夫と確信できたんです。
――たしかに、テーマ性としてはアンダーグラウンド的な要素が強いですが、アレンジとボーカルでポップなものに仕上がっているという印象です。
ミト:輪郭がハッキリしていなくて、どこで受け止めればいいのかわからなくなる、という太くてボヤけたキャッチーさがあるんですよね。いい意味でブラックホールみたいな感じ。
大森:MVも私に近づく度にピントがボケるという演出なんです。なんでこんなにわかるんだろう。
――その「太くてボヤけたもの」について、何か近いイメージとか、具体的な例はありますか。
ミト:どうなんでしょうね。いちばんボヤけていると思うのは自分自身だったりするんですよ。確信があって動いているようなタイプではないので、色々なものに振り回されるにもかかわらず、アーティストとして世間をかき回したがりもする……という、われながらよくわからない存在というか。
大森:(笑)。
ミト:だから、安定していると「それで大丈夫なのか?」という強迫観念に襲われたりする。
――同じような感覚を大森さんも持っていると感じているのですが、今回のブックレットでは、その様相が出産によって変化している過程が綴られています。
大森:そうですね。自分の歌っていくことが、どうなっていくか読めてしまったからこそ、「出産したら何か変わるんじゃないか」と期待や希望を持っていたので。実際に産んでみたら、地球がもう一つ増えた感じがありました。
――生活の部分でも大きな変化があったと思うのですが、普段の制作にはどう影響していますか?
大森:時間の使い方は変わりましたね。良いアイディアを思いついたけど、その瞬間に子どもが泣き出したりして、あやしているうちに忘れる、なんてことはいままでなかったので(笑)。
ミト:わかる、わかる。
――ミトさんも以前のインタビューで、ご家族の存在が音楽活動のあり方を規定しているという趣旨の発言をしていましたね。
ミト:うちはもう3人いますからね。常に家の中はうるさいし、妻と子どもたち3人が常に怒鳴りあってますから。結婚するまでおしとやかだった妻から、それまで想像もできなかったような怒号が飛んだりしていて(笑)。
大森:あと、ミトさんが私のレコーディングをしているとき、別案件で娘さんが見ているアニメのお仕事をしていて。そこで娘さんから「この子のキャラはこんなんじゃない」と言われて、作り直したという話も聞きました(笑)。
ミト:子どもだから思ったことを正直に言うんですよね。でも、その指摘が重要だったりもするので。もう中学生になる娘から、「読解力が足りない!」と言われたりします。
――(笑)。また2人の共通点として、生活に寄り添った歌を作っているように見えながら、その本質は作り手の現実から遠かったり、あちこちに遊離している部分があるように思えるんです。
大森:私は、「俺はこう思っている!」という音楽を聴くのがずっと苦手でしたね。だからすごい熱量で来られると、「オマエがどう思っているかなんてどうでもいい」と拒絶したり(笑)。
ミト:すごく分かる(笑)。
大森:でも、そういう思想があったとしても、情景描写が綺麗にされていれば、すんなり受け入れられる自分もいて。だからこそ、その表現には気を付けています。
――受け手がイメージしやすいよう、言葉の選び方ひとつに最大限、気を配るということですね。
大森:はい。私と同じ世代に作詞家が少ないということもあって、この年代ならではの感覚を残したいという気持ちもあります。上の世代は今のインターネット文化を作ってきた人たちで、下の世代はそれを当たり前に用意されてきた人たちで、私たちはその中間として、インターネットと一緒に育ってきたからこそ、何もないというか。自分の見てきた世の中がこうだったから、こういう人が育っちゃいましたよという定義を記しておきたいのかもしれません。
――その世代を背負っている感覚が、自身のなかに強くあると。
大森:あと、CDって10曲前後で、抽象的なことをしてみんなが取っつきやすいように……というくらいの情報量ですが、それがちょっと社会と乖離しているというか。今の社会は情報量が多くて、そのなかから各自が選んだものだけがパーソナルなものになる、という受け取り方をしていますよね。私は曲に対してそうありたいと思っていて、全部に引っかかってくれなくていいから、とにかく手数を多くして、引っかかってくれたところに本質がある、という仕掛けを作っておきたいんです。
ミト:僕はもっとざっくりしていますが、単純に“純然たるポップミュージック”を作りたいだけ。そうなると、できるだけ“個”であるものはなくしたいんです。みんながいいと思えるものって、自分というものがどんどん分かれて広がっていくものなんですよ。面白くない人たちって、大抵自分のことだけを上から目線で言うじゃないですか(笑)。そうじゃなくて、一つ目線を引いて、自分がなぜここにいるのか、この社会に生きているのかを説明したほうがいいし、その方が理解されるのかも。表現者は「こいつは何でこんなことをやっているんだ」と思われたほうがいいし、バカだと誤解されるべきなのかもしれません。自分のやりたいことを込めつつ、聴き手にも委ねるというバランスを保つために、丁寧に音楽を作っているので。
――最終的には“丁寧に作る”という思考にいたると。
ミト:死ぬほど丁寧に作ったら、一番カッコよくて、優れた音楽になるはずなんです。でも、僕は身につくのが遅いタイプだから、技術力も演出の仕方もゆっくり咀嚼しないといけない。義務教育の時には、完全に頭が悪いと分類されてたほうなんです。もう少しゆっくり勉強できる時間があれば、頭が切れるといわれる人たちの話も理解できるようになるのかもしれませんが。
大森:ミトさんにそんなこと言われたらどうしようもないですね……(笑)。