『After dance / Before sunrise』

あら恋・池永正二がダンス・ミュージックに向かう理由「歩みを止めないで前に進むものをやりたい」

 エレクトロダブバンド・あらかじめ決められた恋人たちへ(以下、あら恋)が、3月9日にアルバム『After dance / Before sunrise』をリリースする。同作は12曲をそれぞれA面(After dance-SIDE)とB面(Before sunrise-SIDE)に分けて制作されたコンセプトアルバムで、「焦点 feat.和合亮一」には詩人の和合亮一、「gone feat.曽我部恵一」には曽我部恵一、「波 feat.ハチスノイト」にはハチスノイトと、フルアルバムとしては初めてゲストボーカリストを迎えるなど、質量ともに充実した一作に仕上がっている。今回リアルサウンドでは、フロントマンでありバンドの中心人物・池永正二にインタビューを行ない、アルバム制作の経緯や、メンバー交代で新たに芽生えた意識、インストバンドとしてのアイデンティティなどについて、大いに語ってもらった。聞き手は音楽評論家の小野島大氏。(編集部)

「90年代は、今から思えばまだ気楽な時代だった」

ーーかなりの力作が完成しました。制作の経緯から教えていただけますか。

池永正二(以下、池永):今回はけっこう転機だったんですよ。メンバーが1人辞めたりとか(キム[Dr.]が昨年3月に脱退)、バンドもやることをやってしまった感じだったんですよ、今から考えれば。

ーー達成感があった。

池永:ありましたね。こないだDVDとミニ・アルバム(をカプリングした2枚組)を作ったんです(『キオク』2014年9月発売)。それを作ることで達成感があって、さて次に何しよう、と。そういう時はバンドっていろんな話になるじゃないですか。走ってる間はいいけど、ちょっと立ち止まって考えるといろいろ出てくる。メンバーが代わったこともあって、次のことをやりたいなと。

ーーなるほど。

池永:で、最初はダンス・ミュージックを作ろうと思ったんです。僕、暗い音楽、じめじめした湿っぽい音楽が聴けなくなったんですよ。僕は今40歳ですけど、僕が20代の時に過ごした90年代って、今から思えばまだ気楽な時代だったと思うんです。なので逆に暗いものでも聴けてたんです。暗いよね、って共感できるというか。フィッシュマンズがそうだったけど、「何もないよね〜」って。

ーー空虚な感じ。

池永:そう。でもその時はそこまで空虚じゃなかったと思うんです。でも今みたいに「空虚」の次の世代になってくると、本当に空虚がやってくると、もう耐えられない。僕は空虚が好きで、空虚にどっぷり浸かって音楽をやってきた人間ですけど、もう空虚じゃダメなんですよ。そうじゃない、もっと楽しいものをやろうと。踊れるもの、歩みを止めないで前に進む感じのもの。

ーーうずくまって考え込むような感じじゃなく、カラダが動いてしまうようなもの。

池永:そうそう。そのきっかけになるようなものって「感情」だと思うんです。止まって振り返ってもしゃーない。アーカイヴ的なものをちゃんと眺めるのは必要だと思うんですけど、でもただじーっと見ているだけじゃ足取りが止まっちゃうことが多いじゃないですか。予測しちゃうから。こうしたらこうなるなって全部わかっちゃうと、ああもう無理やってなって、止まってしまう。それじゃダメだと思うんですよ。それよりは自分から動き出して踊ったほうが絶対いい。…という意味でのダンス・ミュージックですかね。

ーー池永さんが感じてこられた「空虚」って、世界の空虚さってことですか。それともご自分の中の空虚なのか。

池永:当時ですか? 僕は自分の中にすごくあったと思います。もう…暗いんですよ。世代感というか…もうどうでもいい、という。「どうでもいい」という言葉がかっこいいと思ったんですよね。「どうでもいいよ〜」って言っちゃうことが。若気の至りですけど、けっこう本気でそう思ってたんです。そういう時代だった気がします。そういう音楽を作って、そういう音楽にどっぷり浸かって。

ーー俺たちはこんなに空虚なんだよ、ってことを…

池永:満足してるような人に言いたかった。でもそこで「空虚なんだよ」って言ったところで何も解決しないんです。実際、なにも解決なんてしなかった。空虚であると言って(みんなに)構ってほしかった…というとトゲがあるけど…。今は「俺たちは空虚だ」と言ったところで「あっそう」で終わってしまうと思うんですよ。

ーー今や空虚であることは当然の前提であると。

池永:そう。もはや普通の「ジャンル」として“空虚”がある、みたいな感じ。昔はね、余裕があったと思うんですよ。フリーターでもやっていけてたし。そういうものもカウンターとして成り立ってたと思うんです。でも今は違う。

ーー空虚っていうのは心の問題だけど、今はそれ以前に、食っていけるかどうか、生存できるかどうかの問題になってる。

池永:と思います。

ーーフィッシュマンズなどはそういう空虚感をうまく表現したバンドだったと思います。

池永:ものすごい好きやったんですよ。ドキッ!として。

ーーでもあのころはまだ景気も良かったし、ある意味で「空虚」が一種のアティチュードとして成り立つ土壌もあった。でも今は景気も悪くて、もう全然、シャレにならない感じが…

池永:そうそう! シャレにならないと思います。死ぬしかないですからね。でも…僕は生きてるんですよね。(沈黙)

ーーああ、死ななかった佐藤伸治(フィッシュマンズ)が、池永さんってことか。

池永:(笑)いやいや、そんなおこがましい! でもなんだかんだ言って生きてる人の方が強いと思いますよ。恥かこうがなんだろうが。それでもやっていく、続けていくほうがかっこいいと思います。

ーーそう感じるようになったきっかけは何かあるんですか。

池永:ああ、俺は結婚したのがでかいかも。インタビューで言うことじゃないかもしれないけど(笑)。ひとりやったら別にねえ…今は絶対に、死んでも「死にたい」なんて言えないですもん(笑)。

ーーお子さんもいらっしゃるんですか?

池永:います。そんな、「死にたい」なんて言ってるおとーちゃん、イヤじゃないですか(笑)。絶対に言えない。それが大きいかもしれないですね。なんとしてもやっていこう、と思えたのかもしれない。

ーーでもそれって、人間の成長過程として、ごく当たり前というか。

池永:ですよね。俺『マッドマックス 怒りのデスロード』を見て、あれを70歳のじーちゃんが撮ってるってすげえ!と思ったんですよ(笑)。あの棒高跳び攻撃を70歳のじいさんが撮っている。あれはしびれました。俺はまだまだやなって。それを思えば40歳ぐらいでひーひー愚痴こぼしてるようじゃあかんなと。METAFIVEなんかもね、高橋幸宏さんって60歳越えてますよね。なのにあんなに面白い音楽をやっている。俺も「空虚」がどうのとか言ってられへんわ、と。ちょうど(新作を)作ってる最中に(『マッドマックス』を)見たのかな。こじんまりまとまったものなんか作ったらあかん! って思った。それで最初は2枚組にしようかと思ったんですけど、さすがに長すぎるし、自分で聴いても飽きる(笑)。それで1枚ものになりました。

ーーそうして前向きでポジティヴな心境になって、こういうアルバムを作った。

池永:そうですね。今までで一番ポジティヴかもしれないです。うん、うん。

ーーキムさんの脱退は大きかったですか。

池永:思ったよりも全然大きかったです。リズムが変わると大きいですね。こんなに変わるんやって。いつのまにか<バンド>になってたんですね。それまではバンドという意識もなかった。もともと僕の宅録でスタートしてますからね。でもそれがいなくなって初めて気づいた。バンドやったんや!って。そこで初めてバンドってものを明確に意識するようになった。新しいドラムのGOTO君からジューク/フットワークって新しいリズムを教えてもらったり、新しいメンバーが入ると刺激がいっぱいあって、若返りましたね。

ーーそういう若い仲間から刺激をもらって前向きな気分になる。

池永:なりますよね! 人に喋ると楽になるじゃないですか、何も解決してなくても。なので話してるうちにプラスの方向になっていく。

ーーなるほど。『キオク』のリリースである種の達成感があり、メンバー・チェンジもあり、前向きな気分になれるような心の変化もあり、そういうことが重なって。

池永:重なりましたね。前向きにならな、ちょっと落ち込みそうだったというのもあるし。変わる時ってチャンスじゃないですか。変えれるチャンスなんですよ。ピンチがチャンスになる。前向きになったほうが絶対面白いものができる。これを機にもっと大きくしたろ! と思って。音楽的にも気持ち的にも動き的にも。「こんなもんだろう〜」という(諦めの)気持ちになってたとと思うんですよ。なのでもっと上を目指したい。

ーーもっと大きな会場でやりたいとか、もっと売りたいとか、そういうのも含めて。

池永:そうそう。もっと状況をよくしたい。オレらってどうせインストやしアングラ出身やし売れへんやろって、すねてたのかもしれへんなと(笑)。

ーー長いことやってると、自分はこんなもんだろうって諦めの線みたいなものを無意識にひいちゃうのかもしれないですね。

池永:そう。そう思った段階で、それまでなんですよ。叶わないにしても、もっと状況をよくしたいと思わないと、実現するはずないんで。すねてるヒマがあったら、希望を持ちたいなと。それが「明るくなりたい」とか「開けていきたい」ということなのかも。

ーーご家族の存在は大きいんでしょうね。

池永:かもしれないです。もう来年から小学生なんですけど、「やるぞ〜こんなところでしょぼくれとったらアカン」と思って(笑)。そういうダンスかもしれないです。ははは! どういうダンスや(笑)。でもそれって一番リアルな踊りじゃないですか。じゃがたらが言っていたのもそういうことですよね。