定額ストリーミングサービスは音楽に何をもたらす? 専門家・榎本幹朗が分析する現状と未来

「レンタルは日本のマーケットの特殊性の大きな要因」

――欧州を見てみると、ドイツはまた違った結果が出ているそうですね。

榎本:日本に次ぐCD大国のドイツですが、欧州のなかでは定額制配信の開始が遅れていました。『Spotify』は2012年にドイツへ上陸しており、イギリス・フランスなどの2009年に比べると3年遅れです。

 このように日本とよく似たドイツですが、昨年CDの売り上げは微減なものの、音楽産業全体としてはプラスに成長している。だから、日本の音楽業界の人たちはドイツの状況には興味津々といった状態なんです。

 ドイツを比較対象とした場合、日本には特殊事情がふたつあります。まずは、定額制配信とカニバライズしやすいダウンロード配信売上が、すでに壊滅状態であること。日本ではダウンロード配信の主流は着うたであり、iTunesは日本でもともと負けていたという背景がこれを物語っています。もうひとつの特殊事情は、定額制配信では見つからない楽曲も、日本ではレンタルCD店には置いてあるというパターンがとても多いということです。加えて、1カ月1000円のストリーミングサービスに比べ、1枚200円のレンタルCDのほうがユーザーにとって魅力的だったということもあり、『AWA』は毎月360円、『LINE MUSIC』は学割で300円のメニューを用意することになりました。

――日本の場合、ストリーミングサービスのライバルは、しばらくはレンタル事業になるということでしょうか。

榎本:レンタルは日本独自のものですが、日本のマーケットの特殊性の大きな要因になっています。

 日本の場合、レンタルで新譜が出る確率はほぼ100パーセントの上、シングルは新譜の出た当日からレンタルが可能です。一方、配信に積極的なソニーやエイベックスなどを例外として、たいていの国内レーベルは新譜から3カ月から6カ月後に定額制配信に供給しようとしています。しかし新譜というのはリリース後から4週間くらいが経過すると全く話題にならなくなり、売上はほとんど無くなるのが常識です。

 実際、ある週のオリコンCDシングルチャート邦楽TOP50の網羅率を調べたところ、レンタルは100%、『YouTube』が70%、『LINE MUSIC』が28%、『AWA』が18%、『Apple MUSIC』が14%となりました(http://www.m-on.press/music/0000018051)。

 『YouTube』に出てない30%というのは、ジャニーズ関連やアニメソングです。それらのジャンルは10代のユーザーにとって、音楽に興味を持ち始める入り口として大変重要な役割を担っている。ヒットチャートを見てもその盛り上がりはよく分かりますが、スカパーのデータによると、10代、20代のリスナーが好きな音楽は、ロックとアニソンが同じぐらいの人気を持っています。

(参考:http://www.sptvjsat.com/load_pdf.php?pTb=t_news_&pRi=62&pJe=1

 また、2013年の日本のメディアユーザーに関する調査において、「知らないアーティストは無料の動画で済ませよう」「知っているアーティストの曲はレンタルで済ませよう」「大好きなアーティストの作品はCDを購入しよう」という最近の傾向が明らかになっています。

 YouTubeにも出ない音楽が定額制配信に出る可能性は低いうえ、それが30%もある。そしてそこは10代にとってキラーコンテンツが詰まっている。こうした点を踏まえると、レンタルCDの需要は日本からなくならないと予測しています。

――なるほど。そういう意味では、ストリーミングサービスはジャニーズとアニソンを抜きにしてレンタルにどう勝っていくか、あるいは共存していくか、ということがポイントなんですね。

榎本:かつてCDレンタルはCDセルの敵にされることもありましたが、ここまでCDの売上枚数が落ちると、レンタル店がまとめて購入する高額なレンタル用CDの売上は大事な下支えになっています。

 Appleは定額制の『Apple MUSIC』に加え、ロッカー型のiTunes Matchというサービスも実施しており、自分の持っている曲をAppleのサーバーに保存してiPhoneやiPadやMacで利用するロッカー型のクラウドサービスは、レンタルとすごく相性がいい。欲しい曲が配信されていなければレンタルしてiTunes Matchに入れればいいという風に、同じアプリですべて楽しめます。このように、Appleのように定額制配信側でロッカー型も用意していけば、レンタルと定額制は日本では共存していくことになると思います。

 アルバム発売から2週間はコアファンがCDやハイレゾを買い、3週間後からレンタルと定額制配信で、「この曲いいな」と思ってくれたライトファンから売上を立て、シングルはセル・シングル・YouTubeに加えて、定額制配信も発売同日にする。このようにルール決めをすれば、音楽ファンにもわかりやすい共存関係が生まれます。

――『YouTube』とストリーミングサービスの関係についてはいかがでしょうか。

榎本:どの定額制配信アプリの評価欄を見ても「入っている音楽が少ない」と配信会社が怒りを買っていますが、無料の『YouTube』には音楽を提供して、有料の配信サービスには曲を提供しないと決めているのはアーティスト側の方です。配信会社が盾になっていますが、怒りを買っているのは実際にはアーティストですから、シビアに考えておかないと危険な状況です。

 『Apple MUSIC』において、邦楽のチャート曲はYouTubeの5分の1という現状は、結果的に有料から無料のサービスへとユーザーを誘導しているようなものです。プロモーションとは無料で名前を広めて、有料に誘導するため、有料から無料へ誘導するのはプロモーションの逆といえるでしょう。

 レコード会社とアーティストは、『YouTube』とどう付き合っていくのか、もう一度見直すべきだと思います。以前はファイル共有ソフトが“敵”として扱われてきましたが、ファイル共有の利用率は10%以下に下がっており、代わりに無料層が音楽を無料で済ませる理由は「動画共有で充分だから」が大半。昨今、『YouTube』をダウンロードできるアプリがAppストアやGoogle Playストアで人気で、アプリ検索に「YouTube」と入れれば「YouTube ダウンロード」とサジェストしてくれます。ということは、『YouTube』に音楽ビデオを公開することは事実上、無料でシングルダウンロードを許していることになります。

 ソーシャルメディアを利用するユーザーが増えるに従い、アーティストたちはネット上でプロモーションを始めましたが、その落とし所はユーザーを『YouTube』に連れてくることでした。『YouTube』でシングルを無料で聴いてくれればCDアルバムを買ってくれるだろう、ライブに来てくれるだろうという価値観が根付いている。しかし最近出た調査では、CDアルバムを買うのは大ファンのアーティストだけ。知らないアーティストで「いい曲だな」と思ったのは、動画共有で済ませる人が大多数、という結果が出ています。CDアルバムも買わない人たちがライブに来てくれる可能性はさらに低い。

 そのため、『YouTube』がプロモーションとして成り立つには、アルバムの出来がとてもいいことと、ライブに来てくれるコアファンを一定以上持っていることが前提となります。シングルカットした曲以外に自信の曲も無く小規模のライブしか見込めないなら、ほかの方法を選んだほうが良いと思います。

 解決方法はシンプルで、再生数が少し減ったとしてもフル尺ではなく1:30の動画をYouTubeに流すことです。ライブ担当や広報担当が文句を言ってくるでしょうが、アーティストのみなさんは、ライブや名前を売ることだけが自分の音楽活動ではないことを、大事にしてほしいと思います。

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