栗原裕一郎の音楽本レビュー 第1回:『幻の近代アイドル史』
伊藤博文は明治時代のトップヲタだった!? 快著『幻の近代アイドル史』を栗原裕一郎が読み解く
「戦地で過酷な状況にいた兵士たちが心の拠り所にしたのは、天皇陛下だったのか、家族や故郷の姿だったのか、それとも自らの推しメンだったのか。今よりもはるかに暗い時代に、このような芸能の姿があったということを私は希望だと思う」
明日待子は、ムーラン・ルージュ新宿座が焼け落ちた後も浅草の舞台に立ち続けたが、1949(昭和24)年、29歳のときに結婚を機に引退した。清純派のイメージを汚すことなく芸能生命を全うした明日待子は、たしかに最初の正統派アイドルと呼ばれるにふさわしい。
あとがきで著者は、アイドルを「際物/キワモノ」とであると定義すると同時に、この本自体も「際物/キワモノ」であるといっている。近代芸能を、最近のヲタ用語を駆使して描いてみせた本書は、表面的にはたしかにキワモノで、ときにちょっと無理矢理なところがあったりもするが、着実な専門知識をバックボーンにした蛮行であることは一読すぐにわかる。
鹿爪らしく近代芸能を書いたって、読むのはその筋の人だけなのだ。これまでないがしろにされてきた、受容する側すなわちヲタクを主役に据えた近代芸能史を書くにあたり、現在へと繋げて開くためにこういう策略を採った著者を僕は全面的に支持したい。
アイドルヲタはもちろん、ヲタに偏見のある人、アイドルや芸能にちょっとだけ興味がある人など、広くいろんな人に読んでほしい快著である。
■栗原裕一郎
評論家。文芸、音楽、芸能、経済学あたりで文筆活動を行う。『〈盗作〉の文学史』で日本推理作家協会賞受賞。近著に『石原慎太郎を読んでみた』(豊崎由美氏との共著)。Twitter