DJ/プロデューサー沖野修也が語る「これからの音楽制作」(後編)

「音楽の販売スタイルはもっと模索できる」沖野修也が提言する、これからの音楽マネタイズ術

一生大切にしたいと思える作品であれば、1万円は決して高い買い物ではない

「1万円のアナログ盤リリース」を計画し、話題となっている沖野修也。

――なるほど。音楽産業の高い利益率が保たれてきた理由のひとつに、再販制度(再販売価格維持制度:音楽CDは時限再販商品)の存在があります。音楽配信・ストリーミングの普及によってその基盤が崩れる中で、ビッグヒットで稼いだ資金を若手に再配分するという音楽業界のエコシステムが崩壊するのでは? という懸念も出ていますが、それについてはどう思いますか。

沖野:個人的に再販制度はなくていいものだと思っています。アナログを1万円で売りたいとブログで書いたとき、「再販制度で守られているんだから」という批判もあったのですが、それはまったく見当外れの指摘です。僕は過去に自社作品・自社原盤でCDをリリースしたことがありますが、確かに価格は維持されるものの、“返品”という大きな問題があるわけです。小売店はCDの仕入れた量を一時的に買ってくれますが、仕入れ量が年々シビアになっていることもあり、確実に捌けそうな枚数しかオーダーしてくれない。僕らは返品を前提に小売店に仕入れてもらいますが、その際、仕入れ量に応じたお金は支払ってもらえるので、それを“利益”と錯覚してしまい、運転資金として使用してしまうこともあります。ところが、返品がきたら返金の請求書も届くわけです。なので、メーカーはどんどん作品を作って仕入れてもらい返金しなくていいように自転車操業していくわけです、どこかでバカ売れしなければ、結局は利益の錯覚と返金のいたちごっこになってしまうんです。

 さらにアーティストの著作権印税というのは、返品前に支払うのが普通なので、印税率に差はあれど、返品されたところで支払った印税が戻ってくることはありません。なので、僕のような数年に数枚しか出さない自社リリースは、再販制度の恩恵はまったく受けていないんです。

――値段を弾力化して、安くしてでも市場で売れた方がいいということでしょうか。

沖野:小売店も限られた予算枠の中で厳選しなくてはいけないので、今の時代は本当に少数しか仕入れてもらえない。でも、仕入れた分はいずれコアなファンが購入してくれる、と踏んでいるので、価格を自由に決められるようにすれば、仕入れ量にも変化は起きるはずです。かつて小売店にも潤沢な予算があった時代は、大量に仕入れても返品したときにお金が戻ってくるので、リスクはほとんどなかったんです。しかし今は最初に仕入れる分の予算もないので、確実に売れるであろう枚数だけ仕入れている、というわけです。

――すべてがそうであるとは言い切れないものの、沖野さんの立場からするといま話されたような状況だということですね。1万円という発想も、そこから生まれてくると。

沖野:仮にアナログの価格を1万円と設定し、7掛けで卸した場合、小売店側の利益は劇的に増えます。例えば、1万円の12インチを10枚扱いたいという小売店があったとき、店側の利益は1枚あたり3,000円に、僕の売り上げはトータルで7万円になります。もちろん、ここで大事なのは「1万円払う価値があるかどうか」です。完全限定生産で、海外でも話題になるレベル、一生大切にしたいと思える作品であれば、1万円は決して高い買い物ではない。アーティストがかけたコストに対するリクープ、店側と卸業側の収益、三者が納得して幸せになるケースはあり得るんです。

 “限定感”というのもポイントは高い。複製できるデジタルは安くて構いませんが、アナログに関してはやはり高値で売りたい。それこそ一点モノのシルクスクリーンをつけて、10万で販売することもできる。僕はこれからイラストをウェブで受注生産するんですけど、一番安いもので5万円、一番高いものは25万円に設定しているんですね。それをアナログに置き換えた場合、10万円が高いと思う人は1万円のアナログを購入すればよいし、1万円が高いと思う人は、デジタルをダウンロードすればいい。同じ曲でも、販売する形態を変えて価格を変える手法です。

――写真家にはプリントを100~200万で売る人もいます。でも、音楽はどちらかというと割安で、フリーミアムに近い形で配布してきましたよね。

沖野:販売スタイルも大きく関与してきます。例えば洋服だったら、ユニクロとディオールオムを同じ店では売らないですよね。でも、CDショップに行けば、僕の作品とアイドルの作品が同じJ-POPの棚に陳列されています。なので、今さら値段を上げるという行為に抵抗がある、というのはわかります。「僕のCDはこの店でしか買えない」というセグメントをしてこなかったツケもあると思います。

 極端な例ですが、セレクトショップ10店舗限定販売、というやり方でもいいのかもしれません。もしくはウェブオンリーの販売。地方のレコードショップで生き残っているところは、インターネットやSNS、e-bayのようなオークションサイトを有効利用し、以前より売り上げを伸ばしているところもあると聞きます。これまでは近郊の人へ向けた販売だったものが、日本全国もしくは世界中のコレクターが買ってくれる。広い視野で見れば、音楽の販売スタイルはまだまだ模索できるはずなんです。言わば、日本でセールスが1/10になっても、国の数を20倍にすればいいだけの話ですから。

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