下村陽子が語る“イヤホン論”
『キングダムハーツ』シリーズなどの音楽を手がける下村陽子が語る“イヤホン論” いまなお第一線で活躍するレジェンドの喜びとは
日本のゲーム音楽を代表する作曲家/編曲家、下村陽子。彼女は今日までに『ストリートファイターII』(1991年)、『スーパーマリオRPG』(1996年)、『キングダムハーツ』シリーズ(2002年~)の音楽を担当し、あまたの傑作を世に送り出し続けてきた。カプコン、スクウェア(現スクウェア・エニックス)を経て、今や押しも押されもせぬレジェンドコンポーザーである。最近では『アスタータタリクス』(2023年)、『スーパーマリオRPG』リメイク(2023年)の音楽を担当し、広く話題を呼んだ。
今回は、プロデューサーとしても様々な音色に触れている同氏に、有線イヤホン『SUPERIOR』(qdc)、ポータブル USB-DAC『AK HC4』(Astell&Kern)という2つのオーディオ機材についてインタビューを行った。また、本稿では同氏の制作論にまで話が及んでおり、『ストリートファイター』シリーズや『キングダムハーツ』、『アスタータタリクス』にまで言及されている。(Yuki Kawasaki)
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『ストII』に『キングダムハーツ』『聖剣伝説』……数々の名曲手がける下村陽子の“創作論”
――個人的な体験を振り返ると、下村さんが音楽を担当されたゲームをプレイしなかった年がほぼないことに気付きました。関わっておられるタイトルの大きさを考えると、自分以外にもそういうユーザーは多いのではないかと推察します。どの作品にも共通する制作論はありますか?
下村陽子(以下、下村):一番大きいのはゲームのビジュアルですね。ゲームに登場するキャラクター、ステージの背景など、それらの情報を一枚絵でもらって、そこからアイデアを練り上げます。RPGの場合は、そこにストーリーやシナリオの影響も入ってきますね。
――『スト2』でいうと、ブランカ(ブラジル)や春麗(中国)の音楽は民族音楽がモチーフになっていると推察できるのですが、そもそも「音」としてリファレンスがない場合はどう着想を得ているのでしょうか? たとえば『キングダム ハーツII』の「Lazy Afternoons」はまさしく「のんびりした午後」なわけですけども、一体どのようにあの音像まで運んだのか気になります。
下村:実は「Lazy Afternoons」、めちゃめちゃボツが多かったんですよ。曲に対するオーダーってそれほど具体的なものは多くはないんです。当時の私がもらったリクエストは「黄昏感が欲しい」というものだったんですけど、私が提案するイメージがどれも合わなくて。「私もうこの仕事辞めたほうがいいんじゃないか」と落ち込むぐらいボツが重なってしまったんですが、ある日本当にベランダで黄昏ていたら「もしかしてコレか?」とアイデアをひとつ思いついたんですよ。曲の前半は割と最初のままなんですけど、後半部分はそのとき浮かんできたものですね。
――「Lazy Afternoons」にも言えることですが、下村さんの楽曲はメロディがとにかく美しいですよね。リアルタイムで『キングダム ハーツII』をプレイしていた頃から聴いてますが、この曲はずっと好きです。
下村:ありがとうございます。私、この業界に入る前からメロディを作るのは好きだったんです。私の感覚ではメロディにコードがくっついて来るというより、メロディが重なっていくと自然にコード感が出てくるっていうか。カウンターメロディ(主旋律に対をなすメロディ)の動きとかは結構意識してます。メロディ、ハーモニー、リズムってどれも重要な要素なんですけども、とは言え私にとってはメロディの部分が一番作りやすいですね。
――メロディを思いつくときって、いわゆる「降りてくる」感覚なんですか?
下村:いや、私の場合は「聴こえてくる」感覚に近いです。次から次へスルスルとメロディが頭の中で鳴っているというか。これがメロディだけじゃなくて全体がバーっと出てくるときもありますし、リズムだけだったりする場合もあります。聞こえてきた音に対して、私はメモを取っているだけ。だから「どうやって作曲してるんですか?」みたいな質問をされると、私も「どうやってるんだっけ……」と考え込んでしまうんです(笑)。曲を作ってるっていう感覚も割と薄いんですよ。言うなれば交通整理に近いかもしれません。曲を作るときのトラックってひとつじゃないので、それぞれが喧嘩する場合もあるんです。それらをどうにかまとめて、行きたい方向に誘導していくというか。
――ジャンルの選び方にも同じことが言えますか? 下村さんの楽曲を聞いていると、特定の音楽ジャンルに依存していない印象があります。
下村:それは先方のオーダーによりますかね。「こういう感じで」って最初に伝えられる場合もあるんですが、そうじゃない時は私が決めることもあります。このバトルの曲ではラテンを使おうとか、ハイブリッド(本稿ではオーケストラと打ち込みの融合を指す)にしようとか、自分によっても相手によっても色々なパターンがあります。まぁでもジャンルに関して言うと、やっぱり自分が得意なものに寄っていきますね。そういう意味では、『聖剣伝説 Legend of Mana』の「Pain the Universe」には苦労しました。当時はハードロック調の曲が苦手でしたから(笑)。
――それでも完成させられるあたり、やはり尋常ならざる才能ですよ!
下村:当初は「いやー、私こういう曲はちょっと無理です」って一度異議を唱えたんですよ。そしたら「お前はプロだ、やれ」と返ってきまして……(笑)。自分が制約を設けずに曲を書くと確かにラテンやクラシックに寄ってしまうので、それだとバトルの雰囲気には合わないよなぁと納得しましたけどね。実際、あのときチャレンジして良かったと思います。そういうのが積み重なった影響なのか、今でも「この手の曲のオーダーがどうして私に……」みたいなことはちょくちょくありますね。なんなら、今は自分からまだ見ぬ領域に足を踏み入れているかもしれません。『アスタータタリクス』とホロライブの星街すいせいさんのコラボイベントのために書いた「ザイオン」は、私が「盛り上がってノレる歌物を書いてみたい」と言ったことからいただいたお話でもあるので。
――あの曲に関しては、「好きなアーティスト同士のコラボって最高だな!」と改めて思いましたね。下村さんのシンフォニックなピアノ、星街さんの芯のある歌声。双方の強みが活きた素晴らしい作品だと感じます。
下村:うれしいです。星街さんの歌声、素敵ですよね。私としてもあんなに素晴らしく歌っていただけてありがたかったです。いやーしかし、言ってみるもんだなと思いました(笑)。私はVTuberさんとのお仕事はこれが初めてだったので、正直不安もあったんです。若い子たちに大人気のアーティストさんとこんな老害が…って。
――XXXTentacion(2018年逝去)みたいな世界的スーパースターにも重要なインスピレーションとして言及されているレジェンドがなにを!(笑)
下村:XXXTentacionさんのことはご連絡いただいたときは本当に驚きました。今回、「ザイオン」のアレンジを担当していただいた堀江晶太さんも、どうやら私のことを知ってくださっていたようなんですね。堀江さんとご一緒するのも今回が初めてだったんですけれども、「ぜひご一緒に!」ということで話がさっとまとまって。私が音楽を担当したゲームで子供時代に遊んでいた方々と一緒に仕事をする機会が増えてきて、嬉しい限りですよ。そういったご縁があると「もっと頑張ろう」と思えます。ただ、私自身はとてもネガティブな人間なので、自分から自分を下げてしまうことがあります。自分で先に「老害」って言っておけば、実際にそう言われたときに傷つかないだろうっていう(笑)。
――実際に影響を受けたアーティストが目の前に現れてもネガティブが勝ってしまうんですね。
下村:自分で自分がやったことが信じられなくなる瞬間があるんですよ。私がそんな有名なゲームの曲を書いてるなんて、実は壮大な夢なんじゃないかって。私の作曲家人生はゼロどころかマイナスからのスタートでしたから、その頃の自分を思い出すと今の状況が嘘みたいに思えてくるんです。私は努力家タイプの人間でもないですし、イヤなこと嫌いなことからは目を背けて生きてきました。そんな自分に、苦手なジャンルに立ち向かったり色々な楽曲を聴き漁ったりして頑張った過去があることがちょっと信じられないというか。曲が完成したときは、「こんな音楽を作れるなんて、ひょっとして私天才では…」みたいな気持ちになることもあるんですけど(笑)、今みたいに誰かとお話してると急に我に返る瞬間があります。