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ディーン・フジオカが語る『モンテ・クリスト伯』での挑戦 「誰もが自問自答してしまう物語」

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 1841年に文豪アレクサンドル・デュマが手がけた『モンテ・クリスト伯』を、現代の日本に置き換え連続ドラマ化した『モンテ・クリスト伯 ―華麗なる復讐―』(フジテレビ系)が、4月19日よりスタートした。幸せの絶頂から、冤罪を着せられた主人公・柴門暖が、15年間の独房生活を経て、「モンテ・クリスト・真海」となり、3人の男たちへ復讐を果たす物語だ。

 リアルサウンド映画部では、本作の主人公、柴門暖=モンテ・クリスト・真海を演じるディーン・フジオカにインタビューを行った。本作に込められたテーマから、別人格の主人公を演じる上での試み、そして視聴者を騒然とさせた拷問シーンの裏側まで、話を聞いた。

「日本の“リアル”を提示している」

ーー原作はアレクサンドル・デュマの不朽の名作です。この古典小説を現代に置き換え、しかも日本で連続ドラマ化する企画を知ったときは「大丈夫かな?」と正直思いました。

ディーン:絶対そう思いますよね(笑)。

ーーでも、暖がテロ組織に関与している容疑をかけられ、一瞬にして人生が変わってしまうその設定の置き換え方など、非常に巧みな構成になっていると第1話を観て感じました。

ディーン:ありがとうございます。きっと、原作小説を読まれている方ほど、「柴門暖」が今後「モンテ・クリスト・真海」と名乗ることに、「それはないだろ」と違和感があると思うんです。でも、現代は日本を含め、ひとりの人生が、ひとつの国や文化で収まる時代ではなくなりました。おそらく、20年前であればこの設定にも無理があったかもしれないのですが、国境がボーダレスになりつつある現代だからこそ、納得していただける構成になっているのではと感じています。そして、現在の日本の“リアル”を本作は提示しているのではないかと。数年経ったとき、2018年に本作が打ち出したヴィジョンが、改めて評価していただけるような気がしています。

ーー原作は“赦し”が大きなテーマになっていますね。

ディーン:今回、主題歌も担当させていただいたのですが、楽曲「Echo」に、暖が抱いた絶望の嘆きや、“赦し”というテーマを込めた部分はあります。赦しと言っても、一体誰が誰を赦すのか。回を重ねるごとに、楽曲に込めた思いと、暖=モンテ・クリスト・真海の心情とシンクロさせながら感じていただけたらうれしいですね。

ーー第1話は、暖と恋人・目黒すみれ(山本美月)の幸福な日常描写から、凄絶な終盤の拷問シーンまで、その緩急の激しさに圧倒されました。

ディーン:そう思っていただけてうれしいです。キャスト・スタッフの方々の熱量が本当にすごい現場で、ここまで強い手応えを感じています。僕が演じさせていただいたキャラクターは同じ人間でありながら、まったく別の人格になる必要があります。同じ人間が短い期間で全くの別人になるには、普通に演じたらなかなか差が出ません。だからこそ、モンテ・クリスト・真海となったときの差がはっきりと出るように、柴門暖を演じた部分はあります。

ーー暖を演じる上ではどのような点に意識を?

ディーン:良く言えばピュアさ、悪く言えば思慮深くない、といった部分が、何気ない仕草で表れるように心がけました。例えば、食事のシーンでの茶碗の持ち方から食べ方、歩き方や喋り方まで、今後登場するモンテ・クリスト・真海とは、まったく別の所作になっています。西谷(弘)監督とも話し合いながら、人を疑うことを知らないピュアな暖を作り上げていきました。

ーー西谷監督の演出は人物の感情を丹念に描く印象があります。演出を受けてみていかがでしたか?

ディーン:西谷監督は一切妥協をしない方で、ドンピシャのものが出るまで絶対に諦めない方です。もともと現場ではモニターチェックをほとんどしないのですが、本作では特にその必要がありませんでした。西谷監督の判断にすべてを委ねることができますし、NGカットの際も自分自身の何がダメだったのか自然と分かる感じなんです。ワンテイクごとに妥協しない、いい意味で緊張感がずっと持続している現場になっています。印象深かったのが、第2話の撮影を終えて、“柴門暖”としてオールアップをしたとき。そのとき、初めてなんじゃないかと思うぐらい、西谷監督が笑顔になってくださって。あの表情はずっと忘れないと思います。

      

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