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映画『聲の形』はなぜ青春ラブストーリーとして画期的か? 京都アニメーションの新たな挑戦

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 どんなに期待をかけてもかけても、その期待を軽く上回ってしまうのだから京都アニメーションはおそろしい。とくに劇場版になると、その挑戦的な手法が目につくから尚更だ(参照:『映画 ハイ☆スピード!』はなぜ“前日談”を描いたのか 京都アニメーションの大胆な挑戦)。しかも10月から『響け!ユーフォニアム』の2期が始まるということは、ほとんど同時進行で本作の制作が進められていたということだろう。すっかり日本中が『君の名は。』一色に染まっているが、個人的には今年のアニメーション映画のナンバーワンは、この映画『聲の形』で揺るがない。

 小学校時代に転校してきた先天性聴覚障害を持つ硝子。彼女をいじめる悪ガキの将也。しかし、行き過ぎたイジメのせいで硝子は再び転校してしまい、イジメの対象が将也に移る。それをきっかけに人と距離を置くようになった将也が、高校生になり、贖罪の意識で硝子に会いに行くところからこの物語は始まる。高校生の男女の淡い恋心と、彼らの青春模様を描く点で『君の名は。』と共通しているが、互いの名前がわからなくなることよりも、何年も相手の名前を忘れることができず、何処にいるかもわかっているのに、会うことを憚られることのほうがよっぽど切ない。

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 タイトルにあえて“映画”と付けられているのは、「このマンガがすごい!」をはじめ様々な賞を受賞した大今良時の原作を忠実に映画化していることの何よりの現れであろう。京都アニメーションの劇場作品9作目にして初めて、基となるアニメ作品が無い本作は、テンポ良く流れるわずか2時間強の作品の中に、原作コミック7巻分のほとんどが凝縮されている。いわば原作コミックの総集劇場版というようなテイストだ。

 この映画化にあたっての最大の冒険は、エピソードの取捨選択や幕切れのタイミングではなく、“ふたりの手を繋がせずに、いかにして青春ラブストーリーとして成立させることができるのか”ではないだろうか。

 原作では、将也と硝子が手を繋ぎそうで繋がない描写の数々に、妙に心がざわめいた。小学校時代に手を握ってきた硝子を拒絶してから、ふたりの掌と掌が重なり合うことはなく、ラストで過去へのわだかまりを捨てて、きちんと向き合おうとする将也の心情の表れとして、硝子と手を繋ぐ。それは同時に、曖昧なままであった、ふたりの恋の大きな進展を予感させる場面でもあった。

 とはいえ、映画版でも直接的な恋模様の描写はない。それどころか、そのラストも大胆に変更されたのだ。そこはさすが山田尚子監督と吉田玲子脚本である。『けいおん!』シリーズと『たまこまーけっと』を経て、TVシリーズとはまったく違うテイストの『たまこラブストーリー』を作り出した時点で、青春ラブストーリーという分野でこの二人の右に出る者はいないのだ。

      

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