>  > 真部脩一が語る、普遍性と様式美

2ndアルバム『充分未来』インタビュー

集団行動・真部脩一が語る、“ポップスの普遍性”の探求と成果「ようやく独自の様式美に取り組める」

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 “ポップマエストロ”真部脩一率いる集団行動が、2月7日に2ndアルバム『充分未来』をリリースした。サポートメンバーを迎えてレコーディングされた本作には、陰影に富んだシティポップから乾いたアメリカンロック的楽曲まで、前作以上にポップで完成度の高い楽曲が並ぶ。かねてから「J-POPの王道」を目指すと明言してきた真部は、今作でどのような課題を設定し、楽曲とサウンドを練り上げたのか。各曲のテーマ明確化、ボーカリスト齋藤里菜の急成長など、これまでと違う局面を迎えたバンドについて、真部にじっくりと話を聞いた。(編集部)

シティポップで胸キュンがやりたい

ーー1stアルバム『集団行動』は、真部さんの音楽の核の部分を出した作品だと思いました。前作ではレギュレーションを定め、まずひとつの形をつくるんだ、ということでしたね。その流れのなかで、2ndアルバムはより奔放なイメージがあります。

真部脩一(以下、真部):そうですね。実際、肉体的に自由になったというか。前回はなんだかんだでほとんど楽器をプレイしていたので、バンド観というものにとらわれざるを得なかったんです。なるべく宅録チックにならないように、目的をはっきりさせて、Guitarオリエンテッドなアルバムをつくるーーということに終止していて。その点、今回はレコーディングにサポートメンバーを入れたので、得意なアレンジだったり、プレイが活かせるようになってきたというところですね。

ーーサポートメンバーはどんなプレイヤーですか?

真部:ひとりはBRADIOなど、いろんなところで活躍しているキーボーディストの奥野大樹くんで、すごく優秀なプレイヤーです。論理的だし、なおかつ感覚的な注文も聞いてくれる、願ったり叶ったりのメンバーで。あとは真逆のタイプで、Vampilliaのミッチーにベースをお願いしています。

ーー9月のライブも、ベースはミッチーさんでしたね。そうすると、真部さん自身の負担がだいぶ軽減されたと。

真部:前作より自由でカラフルな作品になったのは、サポートメンバーによるところがかなり大きいですね。

ーー楽曲のバリエーションについてですが、おっしゃるようにカラフルというか、さまざまなタイプの曲が収録されていて。

真部:前回のインタビューで、「次はJ-POPの文法を入れます!」と声高に言ったと思うんですけど(笑)、実際にその流れでストックの曲をちゃんと作り直して。このバンドに合わせてちゃんと曲を書こう、ということで曲を増やしていったんです。そのなかで、例えば「春」だったり、「オシャカ」だったりという曲ができて。その時点で、齋藤(里菜)が「やっと私が知ってる感じの曲が出ましたね!」と言ったんです。それって、ポップスとして大切な要素だなと思って。今回は自分の作風を壊すことなく、既視感、既聴感を取り入れることに、意識的に取り組んだアルバムになっていますね。

ーーなるほど、新しさだけでなく既視感も取り入れると。確かに「春」はフォークロックぽくて、これまでの集団行動とは違う印象です。

真部:この曲のリファレンスはスピッツだったんです。そういう曲を書こうと思っていたら、最終的にはちょっとR.E.M.っぽいなと思って。

ーーなるほど、『GREEN』(1988)あたりのR.E.M.。

真部:そうです、そうです。J-POPを志向していった結果として、インディーなテイストが出てくるのが面白くて。結局のところ、J-POPの王道に寄せていくなかで、自分の作風の特殊性みたいなものと向き合わざるを得なくなったんですよね。

ーーR.E.M.は真部さんのルーツのひとつですか?

真部:どうなんでしょう、基本的にアメリカのカレッジチャート・ロックみたいなものは好きなんですけど、昔やっていたバンドがそういう感じの捉えられ方をした部分もあるので、そこにはあんまり寄せたくないな、というのはあって。なるべくインディーっぽさのようなものは売りにしないようにはしてきたつもりではあるものの、結果として、自分を構成する要素としてちょっとひねくれたところがあるんだな、ということを痛感しましたね。

ーーベタな歌メロに向かいつつも、ベタになりきらないところがありますね。「春」はまさにそういう曲。

真部:そうなんですよね。そういうひねくれた部分を認識した以上、今作にはもうちょっと、メンバーの意図、解釈みたいなものが必要だなと思って。そのためには、自分の感性というものをメンバーに分かってもらう必要があると。齋藤に関して言うと、ほとんど僕の曲しか歌ったことがないし、僕の曲が世間でどういう扱われ方をしているのか、ということもピンときていない。西浦(謙助)さんに関してはもう10年以上やってきているのに、いまだに共通言語があるのかよく分からないところがあって。今回はまず、分かりやすい形でつくりたいものを共有してから、それぞれの解釈を乗せてもらおう、というのが一番の苦労でした。

ーーその作業は初めてに近い感じですか。

真部:初めてですね。

ーー例えば、「オシャカ」についてはどういう共有をしていったんですか?

真部:これはアルバム全体に言えることなんですけど、とりあえず全員が共有しやすいワードを作っちゃおうと。早い段階で、「シティポップで胸キュンがやりたいんだ」と言ったんですよ。でも「胸キュンって何かよく分からないです」と言われて、分かりやすく表現すると、胸キュンというのは、刹那的なものに対する心の動きじゃないですか。それが一番はっきり表れるのは失恋なので、「今回は都会の失恋でいきます」と。あえてそういう縛りをつくってしまって、その上でメンバーから出てくるものを引き出したいな、と思ったんです。
 ただ、前作の制作時点で少し思っていた、「もしかして、バンマスとお客さんの関係になっていないか?」というところがなかなか根強くて、協力者ではあるけれど、共犯者にはなりきれない、みたいな感覚があって。自分も含めて、バンドマンとして、バンドマン同士のコミュニケーションを取るという作業がこんなに苦手な人たちが集まっちゃったんだな、ということを感じました。

ーーボーカルの齋藤さんも含めて?

真部:そうなんですよ。なかなか分かり合えない時間を過ごした挙句に、齋藤が泣き出したり、連絡が取れなくなったり。西浦さんはレコーディングでケチョンケチョンに言われたりとか。

ーーある種、スパルタに徹した。

真部:本当にそうです。僕は「第二の青春としてバンドやりたい」と言いつつ、別に青春の葛藤をもう1回繰り返したいわけではなかったのに、結果的には『スクールウォーズ』みたいな(笑)。今回は葛藤まみれの制作を経てできあがったので、僕としては内容というより、人間関係の構築という意味で、とても思い出深いアルバムになったなと思います。

ーー「胸キュン」というのは確かに伝わってきますね。ただし、過去の恋愛エピソードを並べていくのではなく、未来に対しても胸キュンしてしまう。そこに真部さんらしいひねりがあって面白いと思いました。時間軸に縛られないという点で、SF的でもある。

真部:歌謡曲的にすることだけは避けたくて。なにかのリバイバルのような形で回収されるのではなく、J-POPとして扱われるものを、ということを考えると、時間軸、時代性をあまり限定したくない。そのなかで既視感とか既聴感みたいなものが演出できたら……それはもう(笑)。

ーーそのプロセスはとても複雑ですね(笑)。

真部:誇大妄想なんですけど、実現できたらそれが僕の聴きたいアルバムだ!と思って。

ーーただ、切なさ、胸キュンさって、時代性と結びつけた方が多分演出しやすいのでは。

真部:演出しやすいんですけど、今回に関してはなるべく避けた。ビジュアルも含めて。

ーービジュアルも含めて、かなり謎めいているのがいいですよね。

真部:今回はなるべく、ビジュアルにも口出しをしないことを意識しました。ただひとつ、単純に世界観というものが必要なバンドなので、それを強化してほしいと。メンバーに関しても、いま世界観をつくっているんだ、という意気込みでやっていただきたい、と伝えました。それに僕が納得するかどうかはとりあえず置いて、意識的に取り組んでほしい、ということをメンバーに強要したアルバムですね。

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