『ポケモン』『バイオハザード』『ペルソナ』が30周年! なぜ“1996年”は日本ゲームの特異点だったのか?
2026年は『ポケットモンスター』の30周年アニバーサルイヤー。しかしそれだけでなく、『バイオハザード』や『ペルソナ』といった大人気シリーズも、今年で30周年を迎えている。つまりこれらはほぼ同時期に世に送り出されたゲームということになるが、今から30年前の1996年に一体何が起きていたのだろうか。
1996年発売の名作ゲームを振り返る
まず同年発売の有名ゲームを振り返っていこう。『ポケモン』シリーズの原点となる『ポケットモンスター 赤・緑』は、1996年2月27日にゲームボーイで発売。翌年から始まったTVアニメの影響もあり、社会現象を巻き起こした。
同年3月22日には、ホラーゲームの金字塔として知られるカプコンの『バイオハザード』がプレイステーションで発売。また9月20日には、アトラスの「真・女神転生」シリーズから派生した『女神異聞録ペルソナ』がプレイステーションで発売された。いずれのタイトルも、現在までナンバリングが続く大ヒットシリーズへと成長している。
ほかにも同年には、『スーパーマリオ64』『クラッシュ・バンディクー』『サクラ大戦』『鉄拳2』『アーク ザ ラッドII』『ポポロクロイス物語』といった、ゲーム史に大きな影響を与えるような作品が同時多発的にリリースされている。
ハードの進化が“遊び”を変えた
こうしたヒット作の共通点は、ハードのスペックを活かして斬新なゲーム体験を提供していることにある。スーパーファミコン時代までのソフトと比べて、一気に“遊び”の幅を広げていることが印象的だ。
1996年が特異点となった背景として、やはりハードの進化について注目しておくべきだろう。たとえば任天堂が64bitの次世代機、NINTENDO 64を発売したのは、同年6月23日のことだった。さらに携帯ゲーム機の小型化が進み、7月21日にはゲームボーイポケットが発売。11月には“デジタルペット”育成端末の『たまごっち』が登場し、爆発的なブームを起こした。いわば人々のゲームの遊び方がまるっと変わるような年だったのだ。
ゲーム業界全体を見ても、『東京ゲームショウ』の第1回が開催されるなど、一大ビジネスへと発展しつつあるような熱気があった。今振り返ると、ゲームはこの頃から“子どもの遊び”という枠を越え始めたように思える。その背景には、大手ゲーム企業による熾烈な競争があった。
1994年にソニーとセガは、16bitのスーパーファミコンを超える32bit機のプレイステーションとセガサターンをそれぞれリリース。そして1996年にNINTENDO 64が登場すると、プレイステーションとセガサターンが続々値下げに踏み切るなど、当時のゲーム業界は三つ巴の様相を呈していた。
注意すべきは、当時ほとんどのソフトが各ハードの独占タイトルとして発売されていた事実だ。つまり各社は否が応でも、キラータイトルを自社のハードで出したい事情があった。つまり1996年のゲーム業界の盛り上がりは自然発生的なものではなく、競争が生み出した熱気だったと考えられる。
『FF7』が象徴するハード戦争の結末
これを象徴するのが、翌1997年に発売された『ファイナルファンタジーVII』。実はFFシリーズは6までスーパーファミコンなどの任天堂ハードで発売されていたが、『FF7』から初めて任天堂以外のハードであるプレイステーションでナンバリングタイトルがリリースされた。
その理由は、いち早くCD-ROMに移行したプレイステーションの方が、大容量の『FF7』に適していたからだとも言われている。結果的に同作は、シリーズ最高傑作とも称されるゲームとして歴史に名を刻んだ。「FF7が売れたからプレステが売れた」と言われるほどだ。
まとめると90年代は、ハードの開発競争によってスペックが格段に向上すると共に、ソフトの表現の幅が増える時代だった。その1つの到達点として、クリエイターたちの努力が実を結んだのが1996年だったのではないだろうか。このとき生み落とされた名作ゲームの続編を、30年後の今も多くの人が遊んでいる。