一服ほどのプレイ時間で、“煙草のような恋”に出会うーー超水道新作『short HOPE long Peace』で味わう、ほろ苦ストーリーの余韻

 新作デンシノベル『short HOPE long Peace』が11月7日に無料で配信開始された。PC/iOS/Android対応だが、ブラウザ上でプレイ可能なため、プラットフォームを選ばずに遊ぶことができるのがポイントだ。本作を制作した超水道はミタヒツヒト氏、山本すずめ氏、蜂八憲氏、斑氏の社会人4名で構成された創作ユニットであり、過去作には『森川空のルール』や『ghostpia』などが存在。iPhone向けに特化したタイトル展開を行ってきたが、パブリッシャーroom6と手を組み、同タイトルのブラッシュアップ版『ghostpia シーズンワン』をNintendo SwitchおよびSteamにリリース中だ。

 同ユニットは公式サイトによると、現在はミタ氏が『ghostpia シーズンツー』を手がけ、並行して蜂八氏が新タイトルを制作するシナリオ2ライン体制を敷いている。『short HOPE long Peace』はその一環におけるタイトルで、斑氏が単独でイラストをてがけた初作品でもある。蜂八氏は過去に福岡県出身の大学2年生の主人公と、自らと同じ大学を志望する浪人生で予備校に通うために上京してきた幼馴染の交流を描いた、『佐倉ユウナの上京』のシナリオを担当したことでも知られている。

 ちなみに筆者はAndroidユーザーのため、超水道歴はノベルスフィアというノベルゲームのブラウザ配信サイトに掲載された作品はプレイ、特に『ghostpia シーズンワン』は2023年屈指の印象深い作品として心に刻まれている。本記事ではそんな新作リリースを心待ちにしていたいっぱしの超水道ファンとして、本作について触れていきたい。なお本稿ではストーリーのクリティカルなネタバレには触れないが、シナリオ構成には触れているため未プレイの方は注意願いたい。

煙草を巡る男女の甘くてほろ苦い物語

 まず本作を語るうえで、筆者自身の煙草に対するスタンスを明かしておきたい。私は江向と同じく嫌煙家だが、煙草のすべてが嫌いかというとそうではなく、自らに臭いが届かない創作物における煙草はむしろ好きだという矛盾を抱えているのだ。それはフィクションにおける煙草というアイテムが、退廃的で刹那的かつノスタルジーとメランコリーを内包しているからで、やさぐれてダウナーな女性が煙草をふかすというシーンにフェティッシュを刺激される。だからこそ本作の初報を確認したときは、「自分のためのゲームではないか」と考えたほどだが、その予感は現実のものとなった。

 『short HOPE long Peace』の主人公・桜田若葉は男癖の悪さで評判のヘビースモーカーで、身目麗しい外見とスレた雰囲気を漂わせ、彼氏はほとんど絶やしたことがないという人物だ。自分から別れを切り出したことはないが、若葉との付き合いに疲れた7人全員から毎回愛想をつかされ、元カレ同士の「被害者の会」も結成されているという始末。

 ある日いつものように立ち寄った喫煙所でくつろいでいると、サークルの後輩・江向(えこう)から告白を受ける。自分とは異なる純粋で初々しい彼には新歓から目を付けていたこともあり、若葉は快諾するも江向は続けて「タバコやめてください」と言い放つ。そうして付き合いはじめた煙草をやめる気がない彼女と、煙草を止めてほしい彼氏という2人の奇妙な関係はどこに行きつくのか。さらに煙草が嫌いな江向が、なぜ若葉に告白したのかという謎をフックにしてストーリーが進行していく。

 『short HOPE long Peace』は、ショートホープとロングピースという銘柄を組み合わせたタイトルから分かるように、物語だけでなくモチーフとしても煙草を用いており、わかばとエコーというキャラクター名にも表れている。若葉は煙草と男は同義だと考え種類は何でもいいが手元にないと寂しいと話し、「彼女が彼を吸い終えるまでの、ささやかな恋物語」というキャッチコピーで示唆されているように、本作はいわば8箱目の江向という煙草を消費し終えるまでの物語になっている。運命的な出会いでも永遠に分かちがたいパートナーでもない2人の恋の行方はどうなるのか。40分ほどの短編でありながらプレイヤーに深い余韻を残す物語を体験できた。

超水道が作り出すデンシノベルの手触り

 超水道の手がける作品はただテキストを読むだけではない。超水道の掲げる「デンシノベル」というスタイルは「文庫本」と「ビジュアルノベル」の間を目指した媒体で、本作も文庫本をモチーフにしたレイアウトの効果により、本のページをめくるときに感じる「次はどんな展開が待っているのか」というワクワク感と、ビジュアルノベルにおけるクリックおよびボタン押下によりテキストとグラフィックが随時レスポンスされる体験の気持ちよさが両立している。また『ghostpia シーズンワン』のNintendo Switch版はHD振動とジャイロ操作によるプレイヤーへのフィードバックや、ノスタルジックなビデオテープをモチーフにしたからこそ違和感がない、ADVおなじみのバックログではないテキストの巻き戻し演出を実装。そうした読み物としての付加体験がより一層物語への没入感を促し、結果的にテキストを読むというノベルゲームのプリミティブな体験を引き出している。

 そしてシナリオライターは違えど超水道の軸として感じていることは、壮大なマクロを描くのではなく、あくまでミクロで個人的な心情の移り変わりの描写に徹底していることだ。たとえば『ghostpia』も現在リリース中の「シーズンワン」の段階では、“幽霊”を自称する不死身の人々が暮らす雪が降り続く街が舞台で、広場には思わせぶりにミサイルが突き刺さり、街の外からやってきた謎のヒロインが登場するなどミステリアスな設定が散りばめられている。だがストーリー中では積極的に世界観を明かそうとせず、その代わり主人公が友人付き合いや街からの疎外感に悩んだり、生とは、死とはなにかという洞察を繰り広げたりといった我々にも通じる身近な感情で駆動している。そのおかげでどのような舞台設定であっても、プレイヤーは「自分にもこんな瞬間があった」と記憶を引き出して、物語の温度と手触りを補強できるのだ。

 最後に『short HOPE long Peace』の最大の特徴は無料のブラウザゲームかつ、短編作品というインスタントさだろう。通勤時間や、ベッドに入ってから寝落ちするまでなどの隙間時間、それこそ煙草を数本吸い終えるような時間があれば最後までプレイ可能だ。だがそのインスタントさと良い意味でギャップのある濃い体験は、吸い終えた煙草のような苦くて甘い余韻を思わせる。本稿を読んで気になった人は、記事を開いている各々のデバイスで超水道公式サイトにアクセスしてみると良いだろう。

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