野球界の不祥事で「スリの銀次」がトレンド浮上 「桃鉄」を支える“影の功労者”の35年間

 2024年3月某日、野球界で巻き起こった“とある事件”が日本中を震撼させた。いまや日本のみならず海外でも名声を欲しいままにするロサンゼルス・ドジャースの大谷翔平の口座から、賭博業を営むブックメーカーへ、約24億円もの不当な送金が行われたのだ。

 その犯人と目されているのが、大谷のそばに10年以上寄り添い、公私にわたって支え続けた通訳・水原一平容疑者。数年前からギャンブルによる損失で巨額の借金を背負った彼は、返済に迫られた末に大谷の口座に手をつけ、真相を知らせぬまま億単位の金を振り込んでしまったと報じられている。

 この横領事件は、スポーツ界にとどまらない波紋を広げているのは、本稿の読者にとってもおそらく周知の事実だろう。しかし、その過程で“あるゲームキャラクター”が注目の的になっていたことはご存知だろうか。そのキャラクターとは、ボードゲーム「桃太郎電鉄」(以下、桃鉄)シリーズに登場する「スリの銀次」である。

【桃鉄ワールド】スリの銀次、全12種類の変装での登場シーン&盗む金額まとめ【桃太郎電鉄ワールド】

 「桃鉄」とは、1988年12月に発売されたファミリーコンピュータ用ソフト『桃太郎電鉄』に端を発する人気シリーズだ。本作においてプレイヤーは「社長」と呼ばれ、定められた期間内に日本各地を巡り、あらゆる方法を用いて資産形成を目指す。そうした過程でプレイヤーを悩ませるのが、出会い頭に所持金を奪っていくスリの銀次……というわけだ。

 スリの銀次は「桃鉄」でプレイヤーがどれだけお金を稼いでもあっという間に盗んでしまう。水原容疑者も大谷の口座から約24億円もの大金を不当に使ってしまったとされる。もちろんフィクションと現実でフィールドが異なるものの、ネット上では「桃鉄でしか見たことがない金額」と、水原容疑者をスリの銀次になぞらえるような声が目立った。

 経緯はどうであれ、実際の事件がきっかけでゲームキャラクターに焦点が当てられたのは興味深い事例だ(Xでは横領事件のあと、一時期「スリの銀次」というワードがトレンド入りした)。そこで本稿では、「桃鉄」シリーズにおけるスリの銀次の生い立ち、そして「桃鉄」シリーズになくてはならないスリの銀次が持つ唯一無二の重要性について言及する。

シリーズの垣根を越えて活躍し続ける名キャラクター「スリの銀次」

 先ほど「スリの銀次は桃鉄のキャラクターだ」と述べたが、これは半分正解で半分間違っている。と言うのも、スリの銀次の初出演は1987年10月に誕生した「桃太郎伝説」(以下、桃伝)シリーズだからだ。

 「桃伝」とは、「桃太郎」などさまざまな昔話をベースにした和風RPGシリーズである。スリの銀次は同作品において、桃太郎(主人公)が手にしていた宝物を狙って姿を現すも、桃太郎の力量に根負けして改心。「スリから足を洗って料亭を継ぐ」と言い残しその場を去っていく。角刈り頭に着流し、渡世人を思わせる荒い口調が特徴的なキャラクターだった。

『桃太郎伝説』に登場した「スリの銀次」

 スリの銀次は盗人ではあるものの、プレイヤーに対して直接的に悪事を働くことはほとんどなく、『桃太郎電鉄II』や『新桃太郎伝説』といった続編では最初から桃太郎の味方として登場。桃太郎が力を奪われてしまった際には、「まだ無理のきかねえ体だ! あっしもご一緒させていただきやす!」と言い、パーティーに加わってくれる。このように、スリの銀次は始めこそ盗人としてプレイヤーの前に立ちはだかるが、どちらかと言えば義賊的なキャラクターだったと言えるだろう。

 なお、「桃伝」の世界観や登場キャラクターはさまざまな昔話をモチーフにしている”というのは先に触れたとおり。もちろんスリの銀次も例外ではなく、彼は明治〜昭和期にかけて国内で暗躍したスリ組織の親分・富田銀蔵が元ネタとされている。

 話を戻そう。「桃伝」でデビューを果たしたスリの銀次は、同作品の派生タイトルとして生まれた「桃鉄」シリーズにも最初期から登場している。現在では「スリの銀次=桃鉄」というイメージが強いかもしれないが、それもそのはず。スリの銀次は、あのキングボンビーに変身することで有名な「貧乏神」よりも前に「桃鉄」デビューを飾り、そのまま35年間にわたってシリーズ全作品に出演しているからだ。

『スーパー桃太郎電鉄II』に登場した「スリの銀次」

 「桃伝」でゲームの世界に生まれ、「桃鉄」で幅広いプレイヤーに周知されていったスリの銀次。ボードゲーム作品における彼の基本的な立ち回りはそこまで変わっていない。車掌のフリをして列車内のプレイヤーへ近づき、「社長さんがそんなにお金を持ち歩いちゃあいけねよ」と言い放ち、正体を明かしたうえでプレイヤーの所持金を盗んでいく。初代『桃太郎電鉄』では変装をしなかったが、後続作品では変装の手腕がどんどん磨かれていき、変装そのものがスリの銀次のアイデンティティたる所以となった(詳細は後述)。

 ここからは、もう少し踏み込んだ部分からスリの銀次というキャラクターを読み解いてみたい。ひとつ目の観点は、弱者と強者の差をなくす“ゲームバランサー”としての役割だ。

ゲームバランサーとしてのスリの銀次 ~「桃鉄」に必要不可欠な調整役~

 バランサーとは、釣り合い装置・均衡といった意味を持つ言葉。したがって本稿では、ゲームバランサーを「ゲーム内での均衡を保つ存在」という意味で用いることにする。そのうえで筆者は、一見すると理不尽に所持金を奪っていくスリの銀次を、「桃鉄に必要不可欠なゲームバランサー」であると考えた。

 あえて簡略化して伝えると、「桃鉄」とはあらかじめ設定した年数内にどれだけ総資産(総収益)を増やせるかというゲームにほかならない。そのためにプレイヤーはマップ内を奔走し、「プラスマスに止まって資金を得る」「物件を買う」「目的地にいち早くたどり着いて賞金を稼ぐ」……等々、多岐にわたる手段で資産を増やそうと努力する。しかし当然、運や知識面が原因となってプレイヤー間の資産額に差が生じる。対人戦が主軸のボードゲームにおいて何らかの差が生じるのは仕方のないことだが、あまりにも差が開きすぎると、参加者のプレイ体験を著しく損なってしまうかもしれない。そうした差を埋めるべく、一定以上の所持金を有しているプレイヤーの前に現れるのがスリの銀次だ。

『桃太郎電鉄 〜昭和 平成 令和も定番!〜』に登場した「スリの銀次」

 作品によって細部は違えど、スリの銀次が取る行動パターンは「1.全額盗む」「2.半額盗む」「3.4分の1盗む」という3種類(ランダムで決定)に分けられる。スリの銀次はどれだけ金を稼いでいようがいまいが平等に盗んでいくため、「さっきまで数十億あったのに、一瞬ですっからかん」という事態も容易に起こり得るのだ。また、大金持ちであればあるほど盗まれる金額が多くダメージも大きいと言えるだろう。

 逆のパターンとして、所持金が0だったり借金を抱えている場合はスリの銀次が金を恵んでくれるケースもある。不利なプレイヤーには手を差し伸べ、ことを有利に運んでいるプレイヤーからは容赦なく金を奪い去る。システム面においても人情に厚く、義賊的な性分がよく反映されている(と言っても、大抵のプレイヤーは泣きを見ることになるが......)。

「パロディー装置」としてのスリの銀次〜ターニングポイントは約15年前にあった?~

 2つ目の観点は、トレンドを反映する“パロディー装置”としてのスリの銀次だ。おそらくスリの銀次と聞いた際、大半のユーザーは「有名人に化けるお邪魔キャラでしょ?」と思うかもしれない。それほどまでに「スリの銀次=変装」という図式は広く定着しているのだろう。

 より詳しく説明すると、スリの銀次が本格的に変装を着手したのは『スーパー桃太郎電鉄II』から。この頃は上述の車掌をはじめ、お坊さん、レースクイーン、幼稚園児など、まだ特定のネタ元が存在しないオーソドックスな変装パターンだった(それでもレースクイーンや幼稚園児は無理があるが)。

『桃太郎電鉄HAPPY』に登場した「スリの銀次」

 装いが変わったのは『スーパー桃太郎電鉄III』からで、同作品では某美少女戦士を彷彿とさせる……というか、ほとんどまんまの見た目で登場。「該当作品の発売当時に流行ったネタを取り入れる」という、パロディー装置としての片鱗が早くも現れたのだ。次作『桃太郎電鉄DX』では、ターゲットを実在のタレントやスポーツ選手へと変更。フジテレビ系列の人気番組「料理の鉄人」に出演していた鹿賀丈史氏、トルネード投法で旋風を巻き起こした野茂英雄など、モデルとなった人物が一目で分かるほどパロディーに力が入り始めた。

 以降、スリの変装は多種多様なトレンドネタを再現するべく、シリーズを重ねるごとに進化を遂げていく。すべて書き出すと膨大な数になってしまうため、抜粋したものを以下に記載する。興味がある方はぜひ目を通していただけると幸いだ。

スリの銀次が変装したトレンド一覧(抜粋/敬称略)
タレント:鹿賀丈史/木村拓哉/草なぎ剛/田村正和/細木数子/仲間由紀恵/篠原ともえ/さとう珠緒/デヴィ夫人
政治家:小泉純一郎/小渕恵三/東国原英夫
グループ:SMAP/モーニング娘。
スポーツ選手:野茂英雄/松井秀喜/北島康介/谷亮子
機械:たまごっち/ASIMO/iMAC

 流行ネタを取り入れるためならどんな対象にも変装し、プレイヤーの関心を引きながら金を盗んでいく。スリの銀次の仕事ぶりには誠に恐れ入るが、人間ならまだしも機械にまで化けるのだから驚きである。「桃鉄」シリーズを続けて遊んでいる方なら、新作を購入してプレイするたびに「今年のスリの銀次は誰に(何に)変装するのかな?」という、一種の楽しみとして捉えるケースも多かったのではないだろうか。

 特に筆者が好きだった変装は、2002年発売の『桃太郎電鉄11 ブラックボンビー出現の巻』で現れた「インターネット」。お馴染みのイベント画面ではスリの銀次がどこにも現れず、代わりに見えたのは“スリの銀次っぽい形のホログラム映像”だけ。表示されるテキストも「下記URLまで持ち金を振り込んでください」という、99%成功しないであろう噴飯ものの詐欺メッセージのみ。有機物でも無機物でもない概念とでも言うべき変装パターンは、筆者の脳内に強烈なイメージを焼き付けた(ちなみに、2002年当時の日本のインターネット普及率は54.5%だった)。

 このように、該当作品の発売時期に合わせてトレンドネタを取り込み、やや茶化しながらパロディーに徹していたスリの銀次。しかし、シリーズ20周年を謳った記念タイトル『桃太郎電鉄20周年』以降、従来の路線から舵を切り、新たな方面で花開くことになる。それまでパロディーの元になっていた実在の有名人やスポーツ選手は見られなくなり、一部タイトルで実装されていた全国各地の特産物、動物、偉人等の変装が推し進められたのだ。

 風向きが大々的に変わったのは、『桃太郎電鉄2010 戦国・維新のヒーロー大集合! の巻』(2010 戦国・維新のヒーロー大集合! の巻)から。本作では変装モチーフとして「日本の作家」に焦点が当てられ、「その蜘蛛の糸は スリの極楽に つながっていたので ございます」(芥川龍之介)や、「盗まれちまった 悲しみに 今日も風さえ 吹きすぎる」(中原中也)など、名作のワンフレーズをアレンジしながら盗みを働いてくる。

『桃太郎電鉄 WORLD』に登場した「スリの銀次」

 続く『桃太郎電鉄WORLD』では舞台を世界へ移すも、「国旗の真ん中にも 描かれるほど カンボジアの 象徴なんですぜ!」(アンコール・ワット)、「ペンギンが 氷の上を滑ることを ドボガンっていうんですぜ!」(コウテイペンギン)等々、各地で目立つ動物やモニュメントに姿を変えつつ、金を盗む傍ら豆知識を披露してくれる。

 以降は『桃太郎電鉄2017 たちあがれ日本!!』、『桃太郎電鉄 〜昭和 平成 令和も定番!〜』へと続くが、やはり変装の元ネタは特産物・動物・偉人から変わっていない。近年はこうした傾向が強まっているため、スリの銀次を以前のようにトレンド感たっぷりのパロディー装置としてではなく、「教養」「雑学」といったキーワードと紐づけて考えるのがベストだろう(くわえて、『桃鉄』自体が学習教材として教育機関に広まっている事例もある)。そのターニングポイントとなったのが、約15年前に発売された『2010 戦国・維新のヒーロー大集合! の巻』というわけだ。

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 2020年にプラットフォームをNintendo Switchへ移行し、同ハード向けに発売された2作品の累計出荷本数が合わせて500万本にも上る「桃鉄」シリーズ。浮き沈みはあれど年号をまたいで生き残り、令和のいまもなおボードゲームの定番として遊ばれ続けているのは、一人のシリーズファンとしても素直にうれしい限りだ。そして本項で取り上げたスリの銀次は、そんな「桃鉄」シリーズを35年にわたって支え続けた屈指の功労者である。シリーズ展開に先がある限り、今後も彼の盗人家業に注目したい所存だ。

©さくまあきら ©Konami Digital Entertainment

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