SFドラマ『三体』のVRデバイスは実現できるのか “没入体験”の歴史と現在地から考える

近世ヨーロッパ人はイマーシブ(没入)体験を追い求めていた

 現代カメラのもとになった「カメラ・オブスクラ」や「幻灯機」のように、光を用いて図像を投影する装置は古来から存在していた。それを没入的な体験にしようと企んだのは、近世のヨーロッパ人だ。

 「ファンタスマゴリア」と呼ばれる一種のホラーシアターでは、幻灯機を通して幽霊や悪魔や地獄の風景を見せ、観客を恐怖に陥れた。いわばプロジェクターでスライドを映す程度のたあいもない影絵なのだが、当時(17世紀末)の衝撃は相当なものだったらしい。あるフランスの医師などは「私は楽園を経験し、地獄を経験し、亡霊たちを経験した」と感想を書き残している。

ロバートソンのファンタスマゴリア(Public Domain)

 亡霊(Specter)も興奮を伴う光景(Spectacle)も、元は「見る」を意味するラテン語「Speciō」が派生したものだと言われている。幽霊を見ること、本来われわれの眼には見えないはずの存在や世界を垣間見ることは、エンターテインメントの根源でもある。

 ファンタスマゴリアの没入性は、その後長い歴史を通じて磨きあげられていった。特に18世紀末に活躍したベルギーの物理学者にしてショーマン、〈ロバートソン〉ことエティエンヌ=ガスパール・ロベールは、専攻した光学知識を活かしつつ、幽霊ショーの総合的な臨場感をデザインしたことで有名だ。

 密閉した室内の闇をろうそくでぼんやりと照らし、風や雷を模した効果音やアルモニカの不穏なBGMを響かせ、画家としても鳴らした自身の画芸でリアルな絵を描き、煙をたいて数々の舞台装置を隠しつつ雰囲気をもりあげた。観客たちは恐れおののき、投影された幽霊や悪魔が観客席に迫ってくると震えて目を覆ったという。

 その後の百年でイマーシブ体験のスペクタクルは急速に発達していく。1820年にはジョセフ・ニセフォール・ニエプスの写真技術(ヘリオグラフィ)、そのニエプスの協力者だったルイ・ジャック・マンデ・ダゲールのダゲレオタイプと、写真史研究者の鳥原学が「伝統的な『トロンプ・ルイユ』の発展形であり、十九世紀におけるVR技術ともいうべき視覚効果の興行化」と指摘するパノラマ館/ジオラマ劇場が生まれる。1838年には、「VRの元祖」としてよく言及されるチャールズ・ホイートストンの立体視スコープ(ステレオスコープ)までもが登場した。

 そして19世紀末、リュミエール兄弟が今に残る形での映画を生み出し、のちのテーマパークのモーションライド型アトラクションや映画館の4DXの祖ともいえるファントム・ライドが誕生する。こうして振り返ってみるとわかるとおり、VRに限らず、現在にあって“没入感”の名のつく体験の原型は19世紀にだいたい出そろっていたのだ。

ホイートストンのステレオスコープ。機構としては今の3Dガジェットにも残っている(Public Domain)

現在へと繋がる、エンタメ業界と没入感の歴史

 そして、VRが最初に盛り上がった1990年代以前、“五感で感じられるもうひとつの世界”を生み出す試みの主戦場となったのは、もちろん映画だ。

 オルダス・ハクスリーは1932年の小説『すばらしい新世界』で3D、芳香付き、さらに座席についているノブをつかむと全身に触感まで伝わってくる(地の文の描写から察するにおそらく電子刺激)「触感映画(フィーリー)」が人気を集める未来社会を描き出した。来たるべき映画とは、五感をもって味わえる体験だった。

 1940年代から60年代にかけて活躍したアメリカ映画界の名物プロデューサー/映画監督、ウィリアム・キャッスルは低予算で制作されたスリラー映画を宣伝するために画面外であの手この手のギミックを駆使した。

 その手法は観客に対して「恐怖でショック死」した場合の保険金をかけたのに始まり、座席に仕込んだ装置で俳優の絶叫にあわせて電気ショックを起こしたり、滑車を使って観客席にガイコツの標本を飛ばしたり、劇中に登場する幽霊をオンオフできる二色のセロファンをつけさせたり、映画の結末をその場の投票によって観客に決めさせたり……。

 そのほとんどはキッチュでいかがわしい、山師根性の産物ともいえるものだった。しかし、これらは本来手の触れえない画面のなかの営みに観客をなんとか巻き込もうとした、インタラクティブ性への先駆的取り組みであったようにも読み替えられる。

 また嗅覚に訴える香りも鑑賞の体験を深められると考えられていた。映画以前にも1868年にロンドンのアルハンブラ劇場で、演劇の劇的効果を高めるためにリンメル社の香水がまかれたという記録が残っている。

 映画でもほぼ最初期から映像と香りとコラボレーションは模索されていて、1950年代には「AromaRama」と「Smell-O-Vision」というそれぞれ異なる映画連動型のフレグランスシステムが開発された。だが、こうした匂いと映像の連動はあまりうまくいかず、当時のレビューはさんざんだったらしい。

(劇場外でも五感を統合した体験を提供する映像装置として『センソラマ』が64年に登場した。80秒程度のバイク運転の映像を鑑賞するあいだ、風がふきつけたり、匂いがしたり、ハンドルの振動が伝わってきたりして臨場感抜群だったらしい/Public Domain)

 同時代には映画界最初の3D映画ブームや、アスペクト比2.88:1(IMAXの2倍)という超ワイドサイズスクリーンである「シネラマ」といった果敢な試みが波のように押し寄せては引いていき、以後も興亡を繰り返しながら、現在のIMAXや4DX、あるいはラスベガスにある球体型のアリーナ「Sphere」のような施設へとゆるやかに継承されている。

U2 - Beautiful Day (Thank You, Las Vegas) - U2:UV Achtung Baby, Live At Sphere

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