日本の戦国時代を舞台にした傑作アクション『SEKIRO』 その血生臭い世界を表現する珠玉のフレーバーテキストたちを紹介

おはぎ

変若の御子がくれたお米で、
九郎がこしらえてくれた、おはぎ
一定時間、HPがゆっくりと中回復し、
加えて体幹が常に回復するようになる

腹を空かせた狼に、
黙って義父は、おはぎをくれた
あのおはぎは、とてもうまかった

このおはぎも、きっと、とてもうまい

 「九郎へのお米」を九郎に渡すと、お返しにもらえるアイテム。注目すべきは第2段落と第3段落だ。

 まず第2段落では、義父である大忍び「梟」が主人公である「狼」におはぎをくれたことについて書かれている。「戦いの残滓・心中の義父」の説明によれば、梟は幼い主人公を森に置き去りにするなど、放任主義のようなやり方で、彼を育ててきた。親子の関係はそうした形だけのものかと思いきや、このフレーバーテキストによれば狼におはぎをあげたわけで、忍びである梟なりの愛情がうかがえる。続く第3段落では、梟からもらったおはぎがうまかったことを理由に、九郎のおはぎも同様にうまいと信じているのがわかる。梟のおはぎを判断の基準にしているあたり、彼に対する狼の信頼は厚いのだろう。

『SEKIRO』

 「うまい」という主観的な言葉遣いからは、この文章の主語が主人公であり、その内容は彼自身の独白であると考えられる。また、そのうまいをくり返していること、ひらがなを多用して文章に幼さを持たせていることから、おはぎにまつわるエピソードが、狼にとって子供のころの印象的な出来事であった可能性は高い。ふだんは無愛想な狼の心情や過去が垣間見える、貴重な文章だ。

 第2、第3段落はわずか55文字だが、その中には梟の狼に対する愛情や、逆に狼が梟に寄せる信頼の大きさ、狼のおはぎへの思い入れの強さといった内容が詰め込まれている。短い文章で多くを伝える、フレーバーテキストの本領がとくに発揮された内容と言えるだろう。

奥義・纏い斬り

一部の義手忍具使用後、
刀に義手忍具の効果を、纏わせる派生攻撃

牙と刃が一体となる、忍義手技の奥義である
この奥義を最後に、仏師は忍義手を捨てた
極め、殺し過ぎた。怨嗟の炎が漏れ出すほどに

 「奥義・纏い斬り」は、「忍び義手技」のスキルツリーで覚えられるスキルのひとつ。このテキストの見どころは第3段落、なかでも「極め、殺し過ぎた。怨嗟の炎が漏れ出すほどに」という一文にある。

 ふつうに読んでみると、「忍び義手の技を極めた結果、その類まれな力で仏師はおびただしい数の敵を殺してきた。代償として生まれた怨嗟が、自分を狂わせようとしてくるので、過ちを犯す前に義手を捨てた」という風に解釈できるだろう。だが内容は同じでも、筆者の書いた文章が82文字なのに対し、該当する一文は22文字しかない。簡潔という点では先述したおはぎのフレーバーテキストと似ているが、こちらはさらに短い。テキストと言うより、もはやキャッチコピーだろう。

『SEKIRO』

 仏師は、主人公の武器である「忍義手」の前の持ち主でもある。九郎を取り戻そうとして返り討ちにあった狼を介抱し、彼の失った左腕の代わりとして忍義手を譲った。仏師は設定がかなり濃く、修羅になりかけたところを一心によって救われたほか、物語の重要人物であるエマの育ての親であり、かつて川蝉という相棒とともに谷で修業していたといった背景がある。そんな仏師の内面を表す言葉として、「極め」や「殺し過ぎた」というごく簡素な言葉を思いつくまでに、どれほどの試行錯誤があったのだろうか。

 フロム・ソフトウェアの作品のなかでも、『SEKIRO』のフレーバーテキストはシンプルさがひと際強く、担当者が”圧縮と簡略”でもって文章を作り、ひとつひとつの言葉でその世界観を語ろうとしたことがよくわかる。言葉というよりは全体の流れで文章を読ませる傾向がある宮崎氏のテキストと比べると、クオリティが高いのは同じでも書き方はずいぶんと違う。これから初めて遊ぶ人も、すでにプレイ済みの人も、ぜひテキストに注目して『SEKIRO』に触れてみてほしい。きっとさまざまな発見があるはずだ。

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