【特集】AIと創作(Vol.1)
作曲AIは音楽家の仕事を奪わず、“地位”を向上させるーーagehasprings・玉井健二とPARTY・梶原洋平が語り合う「AIと創作」
誰もが音楽を作れてしまう世界における「ヒット曲」とは?
ーーでは、AIが作曲するようになったとしても、人間の作曲の仕事自体がなくなることはないと?
玉井:そう思いますね。そもそもAIがビートルズっぽい曲を作れたとしても、人間がビートルズっぽいと判断する要素には、メロディーのみならず曲の構成、アレンジ、歌唱法などいろいろあると思います。そういう人間にしか嗅ぎ取れないところで音楽が判断されるのであれば、当然人間が作った方が有利なんですよ。だから、AIは人間の仕事を奪う存在ではなく、ピアノと同じように一家に一台ある身近なツールになっていくと思います。
ーーなるほど。そうなればプロかどうかは別として、結果的に自分で音楽を作ったり、アレンジする人の数自体は増えていきますね。
玉井:オリジナル曲を当たり前に持ってる人が爆増することで、僕らの価値もどんどん上がる。そして音楽に対する評価も適正化すると思います。つまり、現時点でもなんとなく「作曲できる人はすごい」と思っている人は多いと思いますが、なんとなくではなく、どういう作曲がすごいということが、よりみなさんに理解してもらいやすくなる。僕らは『FIMMIGRM』を通じて、そういう世界を作ることも同時に目指しています。
ーーもし、AI作曲によって誰もがオリジナル曲を持てるようになり、自分の好みに合わせて作られた音楽を聞くようになる時代がやってくるとしたら、その時代に生まれるヒット曲はどのようなものになると思いますか?
玉井:おそらく曲に対する"新しい"とか"古い"という評価は少なくなると思います。それは上の方から降ってくるカルチャーを待ち望んでいた時代特有の概念なので。その代わりに"なんか好き"とか"なんか良い感じ"といったような感覚的な評価が今以上に増えていくはず。だからこそ、自分で曲を作ったことがある人が増えた方が僕らにとってはいい。
ここの部分に関しては、欧米とアジアではその感覚的な捉え方がちょっと違うと思っています。これはどっちがいいとか悪いということではなく、単に違うというだけですが、英語圏向けに曲を作った時は、その曲がなぜ、そうなったのか理由を聞かれることがすごく多いんです。でも、その反面、曲が売れているかどうかやジャンルだけで判断される市場もたくさんあります。
ただ、どの音楽も基本的には誰かの思いをツールを通して形にしたものなので、そこに何かの思いはあったはずです。だから、今後はその思い自体が好きか嫌いかという感情にもっとフォーカスして音楽の価値が問われることが増えていくとすれば、それはむしろほんとうに優秀な音楽クリエイターにとって良い時代の到来だと思います。
ーーテクノロジーが進化することで人間の感情に立ち返ることができるということですね。
玉井:そうです。だからこそ、実は作曲がそういう意味ですごくクリエイティブなことだと気づく人が増えると思いますね。そして、それに気づかせてくれたのがAIだ、という話です。
ーーそういう意味ではAIが作曲家の仕事を奪うかもしれないという懸念は、杞憂でしかなかったと...…。
玉井:作曲AIの開発前には実はいろいろな業界の先輩たちに相談しているんですよ。でも、大半の方から「お前はなんてことをしてくれるんだ!」と嫌な顔をされました(笑)。その時に、人間にとって当たり前だと思っていたことが変わることに対する恐怖は、どんな世界にも必ずあるんだなと思いました。
ーー実際に作曲AIをプログラミングしていく側の梶原さんとしても、これが人間の仕事を奪うことになるかもしれないという懸念はなかったのでしょうか?
梶原:まったくありませんでしたね。テクノロジーはそもそも不可逆なものですし、人間は必ず便利な方に流れていきます。そして、それは巻き戻せないし、誰かがやらなくてもそういうことはいずれ起こります。
それに、いまはこれまでPCを開いて見ていたメールがスマホで見られるようになったり、以前よりも便利になったことも多い。だからといって、みんながそれで暇になったかというとそうではなく、逆に忙しくなった気がします。
さっきのクリエイターの人口が増えるという話と同じで、音楽の場合もAIを使うことで便利になってくると、それで新しい仕事が増えて、音楽クリエイターももっと忙しくなると思います。
玉井:そういうことが起きた時にみんな「今回は特殊だ」という言い方をしますが、強いて言えば、今回のことで特殊だなと思うのは、オリジナル曲を誰もが持てるようになるという意味で、『FIMMIGRM』がある種のゲームチェンジャーになり得るということです。
梶原:音楽の場合はそういったことが起きるのが、ほかの分野と比べて遅いのですが、例えば、いまはVR空間で自分の好きな服を着せるなどしてオリジナルのアバターを誰もが作れるようになりました。そういう習慣が広がっていくと音楽の分野でも、誰もが自分で聴くためのオリジナル曲を持つようになるし、それが次のスタンダードになっていくと思います。その意味では、いまのうちに土壌を整えておくためのツールが『FIMMIGRM』だと言えますね。
玉井:それと、そもそも作曲家ではない人が作ったボーカロイドなど、新しいソフトやプラグインができるたびに、それを自分が使うことに対する後悔があるんですよ。だからAIが作曲できるということがわかった時は、絶対に自分で作ろうと。音楽クリエイターによる音楽クリエイターのためのツールは、もっとあってもいいと思います。
あと、ファッションの分野で自分のデータを入れるだけでサイズや色などを指定しなくても瞬時に自分に合った商品が作られて届くサービスがあります。そういう時代に、音楽だけなにも変わらないままでいいのか?という疑問もあって。だから、そのまま変わらないでいると、音楽は進化していくクリエイティブに置き去りされてしまうだろうし、実際にそうなった時に取り戻すのがとんでもなく大変だと思うんですよ。そういうことを避けるという意味でも『FIMMIGRM』のようなツールは今後、求められていくと思います。