Netflixが取り組む映像業界のハラスメントへの意識 「Netflix Studio Day」で語られた独自の仕組み作り

映像作品の撮影現場における課題とは?

 イベントの後半には「より良い作品づくりに向けた制作環境の整備について」と題したクロストークが行われた。

 登壇者には会の冒頭に登場した小沢氏に加え、インティマシー・コーディネーターの浅田智穂氏と株式会社フジテレビジョン ドラマ・映画制作部の並木道子氏らが登壇した。

 まず、昨今における映像業界の課題についての意見交換がなされた。

 浅田氏は「映画やドラマ、舞台などの現場では風通しの良さが大切になってくる」と語る。

インティマシー・コーディネーターの浅田智穂氏

 「立場関係なく、声を挙げられる現場を作っていくことが大事な一方、やはりパワーバランスが関係することもあり、どうしても立場上言い出せないこともあるのが現実。こういった現状が改善され、意見を言い合える環境を整えていくことが肝になる」

 浅田氏の意見に同調するように、並木氏も「私たちディレクターやプロデューサーがジャッジする立場である以上、どうしても周囲の俳優やスタッフが我々に忖度してしまい、本音を言えないことも起こりうる」と話す。

 「私自身、現場ではなるべく本音が言いやすい雰囲気を作れるよう意識している。また、心身ともに良いコンディションで撮影に望めるような配慮も行っているが、撮影期間が長くなったり、人員を増やしたりすると、制作予算が合わなくなってしまい、その点が課題だと感じている」

 小沢氏は、かつての海外における撮影現場の経験から、日本とアメリカの違いをこう説明する。

 「アメリカだと、正直言って誰が声を上げてもいい環境にある。例えば、監督が撮影の方法に悩んでいても、現場で通りがかった関係者が立場関係なく、フラットに意見を伝え、監督もそれを前向きに取り入れようとする現場を目の当たりにしました。誰でも良い作品を生み出すために意見を言い合えるのが、海外の現場で感じた印象であり、日本とは異なる点でした。

 また、日本はプロデューサーや映画監督の顔色を伺いながら進めることも多く、もっと自由に発言できるような環境整備が、今後必要になってくるのではと思っている」

 このような撮影現場での課題があるなか、キャストやスタッフの働き方をどのようにアップデートしていけばいいのだろうか。

 並木氏は「労働環境を整え、エンタメ業界に必要な若い人材の確保が急務だと言える」とし、こう説明する。

 「若手不足ではなく、撮影現場の労働環境が整っていないからこそ、エンタメ業界から離れていってしまっている。楽しい仕事を夢見てきてこの業界に入ってきたのに、だんだんと辛い部分しか見えてこなくなり、嫌気がさしてしまう。こうした悪循環が若い人材不足の要因のひとつになっているので、この課題を解消するためにできることから尽力できればと思っている」

俳優と監督の仲介役を担うインティマシー・コーディネーターの必要性

 対談の後半には、インティマシー・コーディネーターの必要性についてディスカッションが行われた。

 現在、日本にはインティマシー・コーディネーターが2人しかおらず、そのうちのひとりが壇上にいる浅田氏だ。

 もともとエンタメ業界で15年以上にわたって通訳を担当し、さまざまな作品に関わってきた経緯を持っている。

 Netflixシリーズ「金魚妻」で監督を務めた並木氏は、同作品でインティマシー・コーディネーターに浅田氏を起用。

 大胆なベッドシーンの演出に伴う俳優陣のケアに努めた。

株式会社フジテレビジョン ドラマ・映画制作部の並木道子氏

 「インティマシー・コーディネーターについての知識がなかったので、浅田さんに何をお願いしたらいいのかわからず、最初は手探りな状態から始めた。それにも関わらず、浅田さんがキャストの方を細かくフォローし、作品をより良い方向に導いてくれたことに非常に感謝している。持ち前の人間性や現場をおおらかに包み込んでくれる寛容さはとても助かった。さらに、台本で描写したいこと、伝えたいこともきちんと理解していただいていたので、インティマシー・コーディネーターの役目を最大限に果たしてくれたと感じている」(並木氏)

 並木氏の言葉に対し、浅田氏は「監督のビジョンが明確で、私に裁量を任せていただいたのが良かった」とし、撮影現場に携わった時のことを振り返る。

 「全員で良い作品を目指そうという気概を、スタッフやキャスト全員が持っていた現場だった。皆で信頼関係を作り、お互いを理解し合い、自分の意見を言える撮影現場を関係者全員の力で作り上げたのが、クオリティの高い作品に仕上げることができた所以だと思っている」

『金魚妻』

 Netflixシリーズ『金魚妻』をきっかけに「インティマシー・コーディネーターの仕事の依頼が増えている」と浅田氏は言うが、同時に日本にまだ2人しかいないインティマシー・コーディネーターを増やしていくには、次のような課題があるという。

 「我々インティマシー・コーディネーターが受けているトレーニングは、アメリカを基準としたトレーニングになっている。それを日本式に変えていく必要がありますが、そのためには長時間労働や休日がない問題など、日本の現場をアップデートするガイドラインが必要になると思います。なので、まずはガイドラインを整え、その後に新たなインティマシー・コーディネーターの育成に取りかかることが重要だと思っています。そうでないと、現場ごとに対応の差が出てきてしまう」

 小沢氏は「一社だけが制作現場の環境の改善を図ろうと取り組んでも、簡単に大きな山は動かない」と話す。

 「リスペクトトレーニングやインティマシー・コーディネーターにしても、海外での取り組みをそのまま日本へ持ってくるのでなく、どうローカライズすればいいのか。日本に合うものにしていくには時間がかかるので、Netflixとしても知見を溜め、改善を重ねていくのを続けることで、現場で働く方々が安心して仕事に取り組めるような環境を目指すことが肝要だと思います。そうすれば、もっと作品も良くなってくるのではないでしょうか。日本の映像業界における伝統や暗黙の了解みたいなものは、そう簡単には変わらないので、意識を変えていくためには、社会全体、業界全体を巻き込み、政府からも応援いただく必要があるのではと考えています」

 今の時代、ハラスメントに対して過敏になってきており、良かれと思った演出が炎上に繋がってしまう懸念もある。

 常に一線を超えない配慮を持ち、人としての尊厳を守ること。このような心構えがより一層必要になるだろう。

 インティマシー・コーディネーターは、俳優と監督との間のクッション材となり、パワーバランスに左右されない本音の部分を言える仲介役になりうるかもしれない。

 そして、イベントの最後にはNetflixシリーズ「幽☆遊☆白書」の撮影現場を見学させてもらった。詳細は記載できないが、ロケ地を忠実に再現したスタジオが複数用意されており、ストーリーの展開に応じて柔軟に撮影ができるような工夫がなされていた。

 Netflix Studio Dayに参加したことで、Netflixが作品づくりにかける思いやひたむきな姿勢の一端を知る良い機会となった。

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