日本のメタバースが抱える課題とは? 弁護士と官僚、それぞれの視点からみた「メタバースにおける法整備の重要性」

 KDDI、東急、みずほリサーチ&テクノロジーズ、渋谷未来デザインで組成している「バーチャルシティコンソーシアム」は、今年4月に都市連動型メタバースの利活用に向けた 「バーチャルシティガイドライン」を発表した。まさにWeb3の時代へ向けた官民一体の象徴的な本プロジェクトは日本中の注目を集めている。

 メタバース関連の法整備を一歩前に進めたであろう今回のプロジェクトではあるが、やはりまだまだ取り組むべき問題や検討すべき課題も多い。今回は、弁護士と官僚という立場でこの「バーチャルシティコンソーシアム」へ参画する、SAKURA法律事務所の弁護士である道下剣志郎氏と、経済産業省コンテンツ産業課の上田泰成氏に、それぞれの視点からみた「メタバースと法整備」について詳しく話を聞いた。(編集部)

官民連携で見えたバーチャルコンソーシアムの強み

SAKURA法律事務所・道下剣志郎弁護士(左)と、経産省コンテンツ産業課・上田泰成氏(右)

――まず、お二人はそれぞれ「バーチャルシティコンソーシアム」のメンバーですが、同プロジェクトに賛同し参画しようと思った理由を教えてください。

道下:私自身は、2010年代に一世を風靡したブロックチェーンや、Web3というものを背景としたメタバース、NFTが主流の技術になっていくのではないかとひっそり目を付けていました。そんなところ、KDDIの三浦(伊知郎/革新担当部長)さんにお会いして、この分野について興味を持って調べたり探求してるのであれば「バーチャルシティコンソーシアム」に知恵を貸してくれないかとオファーをいただいたことが参画のきっかけとなりました。

上田:私は6月で今のコンテンツ産業課に来て1年経つのですが、以前は経済産業局の総務課や、知的財産を担当する部署で主に不正競争防止法を所管している分野において、その法改正などに携わっておりました。経産省では令和2年度に仮想空間において事業者として参入する方々を対象に、ビジネス上の課題や法的論点を洗い出す調査事業を実施したのですが、そんな中でKDDIさんが主導する「バーチャル渋谷」に関して、三浦さんからお声がけいただき、行政の立場からオブザーバーという形でガイドラインの策定に参加させていただきました。

――官民連携かつ専門家を招き、具体的な議論を行った上で発表になったところが面白い取り組みだと思います。今回、一社のトップダウンではない中で議論を続けたことで気づいたことや、それぞれの視点になかったことなどがあれば教えてください。

道下:KDDIさんは「バーチャル渋谷」を持っていて、「バーチャルシティコンソーシアム」に対しての構え方も机上の空論ではなかった、ということが最も重要でした。それによって見えてきた論点が多くあったからです。

 たとえば『バーチャル渋谷 au 5G ハロウィーンフェス 2021』では、いわゆるメタバース痴漢などが発生しました。その際に、現行法や刑法に当たるのかと考えるとやはり該当しない。そうなった時、プラットフォーマーが利用規約を作るのか、それともガイドラインを示して法整備まで繋げるべきなのか、という問題点が見えてきたんです。実務で起きた問題に対して対応を示していくことが出来るのは「バーチャルシティコンソーシアム」の強みだと感じています。また、私見ですが、渋谷という場所が「東京に住む多くの人がパッとイメージのつく場所だった」というのが大きく、それが議論のしやすさにも繋がりました。

上田:やはりメタバースはひとつの“フィールド”なので、中身に何を持ってくればユーザーを惹きつけられるのかが、今後一番重要なネックになってくるのだと思います。その点、今回の「バーチャル渋谷」は、日本だけでなく世界中みんなが知ってるコンテンツだったので、今後も様々な自治体で「バーチャル渋谷」を元に横展開していくような事例がいろいろ出ていくでしょうし、政府が掲げる「デジタル田園都市構想」全体の趣旨に沿うものでもあるので、省庁・政府全体で様々な検討を進めていく中で、議論の場を設けるきっかけになるのではないかなと思ってます。

日本の法制度と強いマーケットづくりに向けて

――今回大きなテーマとしてメタバースの法律や法整備についてお話を伺っていますが、メタバースも基本的にはプラットフォームが属する国の準拠法に従うという形になるのかと思います。そんな中、世界で初めてメタバースに関する法的なガイドラインを提言するなかで、大きなチェックポイントになったところや、詳細を詰めるのに時間がかかったところとは?

道下:おっしゃっていただいたように、準拠法の問題は大きな論点となりました。日本では法の適用に関する通則法がありますが、これをメタバースにそのまま適用するのは難しい。さらにメタバースの可能性はインターオペラビリティ(相互運用性)にあり、今後も様々なメタバース空間はどんどん繋がっていくわけですよね、分かりやすく言うと携帯電話のキャリアが違う時代になるかもしれません。それらが繋がった時、各プラットフォーム間である程度コンセンサスの取れた利用規約が世界中において作られていくのだと思います。具体的には、法の適用の前にまず利用規約である程度縛っていくことが想定されますね。

上田:道下先生がおっしゃったように、法律的にはプラットフォーマーの実務がどうなるか、というところも大きいでしょうね。これから経済がだんだんボーダレス化してくると思いますが、その時に日本語というインフラがどう影響するかと考えないといけないと思っています。たとえばグローバルなゲームでも、ふたを開けてみたら日本人だけ集まっているコミュニティしかない、という“負け筋”が既にあったりします。『フォートナイト』はアクティブユーザーが約3億5000万人ほどいて、すでに国がそこにあるというような状況ができているわけですから、日本が懸念するべきなのは「言語」と「人口」の問題ではないでしょうか。言語に関しては、数年で自動翻訳技術が発展すると言われていますが、会話的なコミュニケーションについてはまだ整備は先になるでしょう。

 人口に関する問題でいうと、日本の人口は約1億3000万人ですが、これがかなり絶妙な数字でして、その中だけで良くも悪くも経済が回ってしまいます。韓国などは経済危機を経て、グローバルに展開しなければいけないという状態から外向きの政策や施策を取るようになりました。メタバースに関しては、1億3000万人だと覇権を握るにはまだまだ少ないですし、1億3000万人すべてがトライしてくれる分野ではない。最終的には海外を巻き込んで10億人ぐらいを引き付けられるようなキラーコンテンツを、日本側としては整備していく必要があると思っています。

――なるほど。海外の人たちも含めて全世界に広められるようにしないと、そもそもクリエイターがエコノミーを作れないということですね。

上田:はい。アニメやゲーム業界もそうですが、日本で育成しても結果的に海外への人材流出が起こっていることは大きな問題として捉えており、政府としてもクリエイターにとって魅力的な市場を整え、環境整備を率先してやっていく必要があると思っています。

――実際に永田町のなかでは。メタバースや法律についてどのような受け止め方をされているんでしょうか。

上田:今年閣議決定された「骨太方針(経済財政運営と改革の基本方針2022)」でも、Web3やメタバースという文言がようやく入ってくるようになりましたし、自民党の方でもNFTの政策検討会でホワイトペーパーが出されました。国会でも多くの議員の方々がメタバース周りの質問をされるようになってきて、今年の1月、2月ぐらいからそういった機運というのもが醸成されているなと感じます。国会議員の先生方には年配の方もいらっしゃいますが、この分野については「何か知っておかないといけない」という危機感も感じられているようですので、そういった方々の「勉強しよう」という意欲に応えながら、お伝えできるところはしっかりとお伝えし、一緒に進めていければと思っています。

――なるほど。一過性のものというよりは、しっかり文化として向き合っていかなければいけない課題だということが個人単位で認識できているんですね。現段階で大きな壁になりそうなのはどのような要素なんでしょうか。

道下:いくつも思い浮かんでいますが、ひとつ挙げるとするならば、データの所有権の部分でしょうか。僕自身、これからはリアルよりメタバースに入っている時間のほうが長い人もどんどん増えてくると思っているんです。3、40年前の人からすれば、僕らが朝から晩まで携帯電話を見ている時代が来るとは考えていなかったでしょうが、現実として1日の中で、スマートフォンを見ている時間と見ていない時間を比べたら、見ている時間の方が長いという人が多いわけです。

 そうなったときに、スマートフォンの中って、みんな自分の家より見られたくないものになっていると思うんです。私のスマホにはファイナンス情報だけでなく、仕事上での顧客の守秘義務情報も入っていますが、メタバースにいる時間が長くなればなるほど、メタバース空間における自分のアカウントには、もっと色々な情報が入るようになると思います。そんな膨大な情報が集まることが予想されるメタバース空間において、アバターひとつとってもその価値は計り知れません。5万円で作成したアバターがイコール5万円の価値だと本当に言えるのか、多分それ以上の価値があるはずです。日本の所有権や損害論というのは基本的に損害を受けた分を補填するという考え方ですが、その考え方では難しくなってくるでしょう。ですので、プラットフォーマーが倒産して、アバターがなくなりました、情報もなくなりましたといったときに「なくなった分の財産を補填します」というだけで本当にいいのかということについて、「バーチャル・プロパティ」(現行法において法的に保護される知的財産権の対象とならないデジタルアセットの所有権やアバターの肖像権など)の議論は間違いなく必要だと思います。

「バーチャルシティガイドライン」内でも議論になっていた所有権などに関する項目

――「バーチャル・プロパティ」に関しては、著作権や肖像権など色々な法律が複雑に絡む問題ですよね、それを変える、法律を定めるとなっても色々な現行法を絡めて変えなければならないのは大きな壁だと思います。

上田:法律に関して、民主主義のルールにのっとって立法するというのは、かなり難しいことなのです。だからこそ、いきなり法律を変えるのではなく、まず立法事実がいくつも出てくるまで、ある程度はプラットフォームや官民連携の団体を経由したガイドラインを作って整備していくことが最近の主流といえます。「所有権」に関しても、そもそも「所有権」という概念はいったい何なのか、という根本的なところを法律で捉えきれない時代になっているのだと行政も認識すべきであって、ブロックチェーン上に自分のトランザクションとして記録されているものをきちんと「所有権」と言えるようにしないといけないタイミングに差し掛かっているかとは思いますが、根本的なところまで遡らないとこの分野で法律を制定するのはおそらく難しいでしょう。基本はソフトローの方向で対応していくのが主流かなと思います。

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