「静かなる探求者」大嶋啓之の音楽世界と活動の軌跡

『天穂のサクナヒメ』

『天穂のサクナヒメ オリジナルサウンドトラック』(エビテンレコード)

 5年に及ぶ開発期間を経て2020年11月にマーベラスから発売された、えーでるわいす企画・開発による『天穂のサクナヒメ』は、2021年3月発表の「ファミ通・電撃ゲームアワード2020」において3部門(アクション部門、インディゲーム部門、ルーキー部門)の受賞に輝き、同年6月には世界累計出荷本数が100万本を突破した。音楽面では、同年5月にアレンジアルバム『天穂のサクナヒメ実演楽曲集 奏 -かなで-』、同年7月にSteamで『天穂のサクナヒメ デジタルサウンドトラック』、同年12月にはリマスタリングを施した楽曲を収録した3枚組CDと40000字に及ぶ大嶋による全楽曲解説を含む全48ページのブックレットをパッケージした『天穂のサクナヒメ オリジナルサウンドトラック』がリリース(エビテンレコードでの専売商品)され、まさに実りの年と呼ぶにふさわしいトピックが続いた。

 えーでるわいすは『英雄*戦姫』シリーズの大嶋の楽曲を耳にし、楽曲制作を依頼。大嶋は2015年秋に楽曲制作を開始し、主要楽曲の制作を終えたのは2018年だったという。最終的に制作した楽曲は42曲、大嶋のこれまでのキャリアにおいて最大級のヴォリュームを誇る音楽作品となった。漢字一文字・読みがな三文字のタイトルで統一された本作の楽曲は、全編にわたって和風のイメージが貫かれ、雅楽・田楽・祭囃子・民謡の要素がふんだんに取り入れられている。過去に大嶋はソロアルバム『Paradise Lost』の「千年の庭」や、Ninja Action Teamの「Born」、『英雄*戦姫』シリーズのBGM「桜花乱舞 ~Oriental Wind~」「桜花旋風 ~Sakura Typhoon~」で雅楽調や祭囃子調の楽曲を制作していたが、それらの経験を踏まえつつ、よりコンセプチュアルな深化をみせた形だ。打ち込みオンリーでの楽曲制作で和風サウンドにいかに説得力を持たせるかという点にも苦心が重ねられている。

 大嶋が最初に制作に着手し、アカペラ版、田楽版「祭 -まつり-」、山形県出身の民謡歌手/シンガーソングライターの朝倉さやをヴォーカルに迎えたオーケストラ版「巫 -かみなぎ-」の3つのバージョンで聴かせる「ヤナト田植唄」は本作の根幹を成す重要な楽曲であり、モチーフはマップBGM「標 -しるべ-」やボス戦闘曲「暴 -あばれ-」、ダンジョンBGM「焔 -ほむら-」「樹 -いつき-」など数多くの楽曲に織り込まれている。意外性と感動をもたらすモチーフの巧みな扱い方は本作においても見事というほかない。

 村のBGMは序盤で流れるマイナー調の「荒 -すさび-」のほか、春・夏・秋・冬に応じて4つの楽曲があり、それぞれには昼と夜で2つのバージョンが用意されているという充実ぶり。和のイメージのみならずアイリッシュミュージックやラテンミュージックなどのエッセンスもさりげなく散りばめ、時にはごくシンプルな小編成で静寂のニュアンスを追求するなど、四季折々の表情を豊かに表現している。また、食事シーンのBGM「恵 -めぐみ-」は3つのバージョン(梅・竹・松)があり、グレードが上がるにつれて鳴っている楽器の数が増え、にぎやかな印象となる。足し算/引き算の美学を感じさせるアレンジの妙味が楽しめる。

 ダンジョンBGMや戦闘曲は和楽器ロックを主体として様々な創意工夫が凝らされ、アクションゲームでもある本作を鮮やかに印象付ける。お囃子風のメロディと生きのいいベースラインが爽快感と躍動感をもたらす「颪 -おろし-」、変拍子づくしの複雑怪奇な展開を木製打楽器や木管楽器を多用して軽やかに聴かせる趣向も技ありな「谺 -こだま-」、津軽三味線のロックでいぶし銀な響きが荒々しくリードし、一触即発感を際立させる「暴 -あばれ-」「魁 -かしら-」、ピアノとストリングスが水をイメージした美しいメロディをゆったりと奏でる「汀 -みぎわ-」、シャッフルのリズムに和太鼓やイーリアンパイプをフィーチャーしてグルーヴィーなアンサンブルを聴かせる「焔 -ほむら-」、法螺貝のイントロからの威風堂々たる和風シンフォニックサウンドでプレイヤーを力強く鼓舞する「戦 -いくさ-」など、一曲としてイメージの重複がない個性派ぞろい。ゲームミュージックの醍醐味もたっぷりと味わわせてくれる。

『天穂のサクナヒメ実演楽曲集 奏 -かなで-』

『天穂のサクナヒメ実演楽曲集』

『天穂のサクナヒメ』発売後の様々な反響を受け、大嶋の中で「音楽担当としてゲームを盛り上げたい」という想いが強くなっていった。やがて、その想いは生演奏を中心としたアレンジアルバム『天穂のサクナヒメ実演楽曲集 奏 -かなで-』に結実していく。多種多彩な音色と原曲を掛け合わせた「品種改良盤」を謳う本盤は、大嶋がえーでるわいすの許諾を得て企画・制作した二次創作作品であり、インディーズ/個人制作ならではのフットワークの軽さもあいまって、2021年1月の企画表明から4ヵ月というスピード感で完成。サウンドトラックに先駆ける形で2021年5月にリリースされた。大嶋はインディーズで活動するミュージシャン/バンド、和楽器奏者、雅楽演奏家にコンタクトを取り、アルバムへの参加を打診。自らは企画進行とサウンドプロデュースに徹し、裏方として奔走した。

 参加アーティストは、和楽器による編成でゲーム音楽を演奏する団体「ファミ筝」、雅楽演奏家の太田豊、ヴァイオリニスト/作曲家のhiyama、ジャンルを股にかけるクラリネットアンサンブル「CLADDICT ENSENBLE」、フルート・ギター・カホン・チューバのアコースティック編成でゲーム音楽を演奏する「京バンド」、和太鼓奏者のうさぎいぬ、アイリッシュ楽器奏者のk-waves LAB、ゲーム音楽をロックアレンジで聴かせる4人組インストゥルメンタルバンド「ガーディアンフォース」、三味線奏者のしゃみお、チェロ奏者のヌビア(須田史寛)と、しゃみおによる弦楽デュオ「3×4×S(さしす)」の計10組。大嶋の豊富な創作経験と参加アーティスト陣の熱意が最良の形で昇華され、プロ/アマチュアの垣根や音楽ジャンルを越えた共演は、やがて企業主催の有料オンラインライヴ【「奏祭 -かなでまつり-」/https://www.4gamer.net/music/kanadematsuri/】(主催・企画・制作:Aetas株式会社)へと発展。メモリアルなパフォーマンスの模様は2022年2月19日に配信された。音楽を通して数多くの縁が生まれたことも、『天穂のサクナヒメ』がもたらした大きな「収穫」である。飽くなき探求心と豊かなイマジネーションのもとに音楽世界を開拓してゆく大嶋の活動は、これから先も多くの人を魅了していくことだろう。

■関連リンク
大嶋啓之ホームページ「Perfect Vanity」

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