「静かなる探求者」大嶋啓之の音楽世界と活動の軌跡

民族音楽色に富む『英雄*戦姫』シリーズの楽曲

――音楽を作らせていただくに当たっては、英雄の物語を表現する壮大なオーケストラ曲と、世界を舞台とした広さを表現する民族音楽の両面から制作を進めました。最初にタイトル曲を作り、その中に含まれるメロディからモチーフとしてさまざまな形にアレンジし、全体に共通するイメージを与えようと工夫しています。個人的に民族音楽は大好きなのですが、なかなか仕事で作らせていただく機会はないので、今回は自分としても面白い試みでした。――

『英雄*戦姫 オリジナルサウンドトラック』コンポーザーコメントより

『英雄*戦姫 オリジナルサウンドトラック』

 2012年3月に発売された、天狐製作の地域制圧型シミュレーション『英雄*戦姫』のBGM制作に、大嶋はyanとの連名で参加。同年5月に『英雄*戦姫 オリジナルサウンドトラック』が2枚組CDでリリースされた。地域ごとに異なる曲調で展開される戦闘曲というコンセプトは、大嶋の提案がきっかけだったという。そしてそのコンセプトを十全に活かすべく、大嶋は世界各国の民族音楽のエッセンスをフィーチャーした華やかなシンフォニックスコアで面目躍如を果たしている。オーケストラ+コーラス+バグパイプによるメインテーマ「英雄*戦姫 ~The World Conquest~」の3つのモチーフは他のスコアの随所に細やかに散りばめられている。プレイヤーターン時BGM「鵬程万里 ~Long Journey~」は耳当たりのよい聴き疲れしないアコースティックサウンドで、エネミーターン時BGM「虎視眈々 ~Ambitious Nations~」はスネアドラム/ティンパニを基調にした勇壮なシンフォニックサウンドで好対照を成している。

 終盤のプレイヤーターンでは、大嶋が敬愛するアディエマスのスタイルを曲想に反映した「幻想大陸 ~A Fantasia~」に代わり、メインテーマ級のダイナミズムで迫る。エリア別戦闘曲は「桜花乱舞 ~Oriental Wind~」(龍笛+筝+胡弓+馬頭琴+祭囃子)、「熱帯航路 ~Tropical Cruise~」(ウクレレ+竹琴+ブラス)、「荒野風塵 ~Wilderness Of Passion~」(スパニッシュギター+ウエスタン)、「日輪祝祭 ~Inti Raimi~」(アコーディオン+フォルクローレ)、「絲綢之路 ~East To West~」(インド+中東音楽)、「草原疾駆 ~Great Safari~」(アフリカンパーカッション+カリンバ+オーケストラ)、「雪原行軍 ~General Frost~」(バロック)、「軍神騎行 ~Troops March~」(アイリッシュ・ダンス)といった内容で、いずれも豊富な音色と一捻りした曲想のもとに展開される。ボス戦闘曲では、90年代のゲーム音楽で育った大嶋が一人のゲームプレイヤーとしての目線から「こんな音楽だったらいいな」という理想を落とし込み、本懐を遂げている。5拍子と6拍子のリズムが交錯し、うねるベースラインと切れ味鋭いヴァイオリンソロがジャジーなアンサンブルの中で存在感を示す「竜騰虎闘 ~Rival Fight~」、王道のシンフォニックサウンドに緊張感をみなぎらせた「王者礼賛 ~Heroic Saga~」「魔神顕現 ~Divine Manifestation~」、メインテーマと主題歌「FATE RUNNERS(英雄戦姫)」(作曲:虹音[松田彬人])のメロディをストレートに織り込んだシンフォニック・メタル「這寄混沌 ~Crawling Chaos~」の4曲はひたすらにカッコよさを重視したキラーチューンだ。

『英雄*戦姫GOLD オリジナルサウンドトラック』

 2014年3月には後継作となる『英雄*戦姫GOLD』が発売。音楽面でもさらなるヴォリュームアップが図られ、同年6月にCD3枚組の『英雄*戦姫GOLD オリジナルサウンドトラック』がリリースされた。新メインテーマ「英雄*戦姫~The World Conquest~」は前作の3つのモチーフに加えて新たに3つのモチーフを導入し、まさに豪華絢爛という言葉がふさわしい堂々たる存在感だ。エネミーターンBGM「群雄割拠 ~Rival Warlords~」ではブラスとバグパイプをアクセントにしたエピックミュージックでスケール感がアップし、プレイヤーターンBGM「一攫千金 ~Gold Rush~」では打って変わってビッグバンドジャズを聴かせる。前作のエリア別戦闘曲は音色や展開を追加し、さらに一捻りを加えたアレンジが施された。

 また、「常夏楽園 ~Carnaval Del Paraiso~」(サルサ+スティールパン)、「奈落之底 ~Naraka Niraya~」(ガムラン+ケチャ+ゴアトランス)、「海市蜃楼 ~Mirage Bleu~」(印象主義音楽+ブレイクビーツ)、「巨岩崇拝 ~Uluru Tjukurpa~」(ディジュリドゥ+トライバルテクノ)などの新規楽曲も加わったことでより一層豊かに音楽ジャンルの坩堝を形成している。ストリングスとティン・ホイッスルが大手を振って躍動する「黄金時代 ~Golden Age~」や、シークレット・ガーデンからの影響を投影した、祝祭的ムードにあふれる「妖精奇譚 ~Stori Tylwyth Teg~」では得意とするアイリッシュサウンドを鮮やかな手つきで展開しているところも見逃せない。

 ボス戦闘曲は前作以上に往年のRPG音楽へのリスペクトを感じさせる仕上がりにもなっており、ブラスサウンドとストリングスが激しく拮抗する熱血系テーマ「竜攘虎摶 ~Worthy Opponent~」、恐怖や悲壮感を細やかにフレーズに込め、とてつもなく強大なイメージを喚起させる「伏魔覚醒 ~Archenemy Awakening~」「叙事詩環 ~Epic Cycle~」、パイプオルガンソロやグレゴリオ聖歌をイメージしたコーラスをフィーチャーした荘厳なバロック/クラシカル「聖堂騎士 ~Pauperes Commilitones~」、前作を凌駕する怒濤のシンフォニック・メタル「厄災之箱 ~Pithos Elpis~」という強力布陣。それぞれが確固たるテーマ性でもって迫り、胸を熱くさせる。なお、本作の楽曲は2019年7月末より配信(2022年3月29日にサービス終了)のソーシャルゲーム『英雄*戦姫WW』(全年齢版)、『英雄*戦姫WWX』(R18版)にも使用された。

音楽ゲームなどへの楽曲提供

『Ciel nosurge Genometric Concert Vol.3』

 練り込まれた設定と様々な想いを込めた音楽で綴る『アルトネリコ』シリーズの精神性を継承するサージュ・コンチェルトシリーズの第1作としてガストから2012年4月に発売されたオンライン専用ゲーム『シェルノサージュ~失われた星へ捧ぐ詩~』。同作のダウンロードコンテンツ「セカイパック」のラストシーズン「皇帝編」の第一幕(2013年12月配信)にフィーチャーされた詩曲「虹の国のデュオワルツ」(作詞:/高橋麗子/歌・コーラス:南條愛乃)の作編曲を大嶋が担当。VALENSIAの1993年発表のヒット曲「Gaia」から着想を得て、テーマパークをイメージした華やかなワルツ調のポップサウンドに造語コーラスと多ヶ谷樹のヴァイオリンソロが優雅に舞う同曲は2014年10月にリリースのヴォーカルアルバム『Ciel nosurge Genometric Concert Vol.3 ~帝賜の詩~』に収録された。

『Ar nosurge Genometric Concert side.紅』

 また、2014年3月に発売されたサージュ・コンチェルトシリーズ第2作『アルノサージュ~生まれいずる星へ祈る詩~』に登場するシェルン(制御詩)のひとつ「Class::AR_NOSURGE#RE:Incarnation;」(作詞:高橋麗子/歌・コーラス:南條愛乃、リリィ)の作編曲も担当。同曲はソフト発売と同時期にリリースされたヴォーカルアルバム『Ar nosurge Genometric Concert side.紅 ~天統姫~』に収録された。吉田穣のアコースティック・ギターと土屋玲子のヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ演奏を中心としたバラードであり、ロー・ホイッスルの響きとともに迎える終盤の盛り上がりが琴線に触れる。多重コーラスと荘厳なシンフォニックサウンドで絢爛に織りなされるヴォーカル曲がズラリと並ぶ中、一途で切なる想いをシンプルでゆるやかなアレンジで伝えている。

 2016年11月から2017年5月にかけて展開されたOVA『ストライク・ザ・ブラッド』のシリーズ第2期のキャラクターソングアルバム(2016年11月リリース)に提供した「I'm in Red」(作詞:くまのきよみ/歌:種田梨沙)は、祭囃子のメロディとファンキーなカッティングギターがダンサブルな趣に拍車をかけるエレクトロポップチューン。歯切れの良さも抜群の一曲だ。

 この頃より、音楽ゲームでも大嶋の名前が見られるようになる。コナミの対戦音楽アーケードゲーム『REFLEC BEAT 悠久のリフレシア』(2016年12月稼働)に、大嶋は「ディーナ・シーの踊り」を提供。ゲームの面白さと曲の聴き応えの両立を意識しつつ、騎士と妖精のイメージを重厚なバグパイプと軽快なヴァイオリンの音色に託したアイリッシュ・ダンスチューンで堂々たる音楽ゲームデビューを果たした。同曲は2017年4月にリリースされた『REFLEC BEAT THE REFLESIA OF ETERNITY + REFLEC BEAT VOLZZA ORIGINAL SOUNDTRACK』に収録された。次いで、台湾のNoxy Gamesによるスマートフォン向け音楽ゲーム『Lanota』に「Colorful Note」を提供。同曲はゲームのver.1.2アップデート(2017年1月配信)で実装された。霜月はるかをヴォーカルに迎え、ボーイ・ミーツ・ガールと青春の旅路を暖かく描き出したファンタジックなポップソングで、7年前の両者のコラボレーション曲「旅の途中」の姉妹編といった印象も感じさせる。2017年3月にリリースされた霜月のヴォーカルワークスアルバム『結び音リボン~Daichi no Oto~』に収録された。

 同じく台湾のデベロッパーであるRayarkによるスマートフォン向け音楽ゲーム『Cytus II』のver.2.8アップデート(2020年1月配信)で実装された「Immram Brain」は、もともとはDiverse Systemから2018年8月にリリースされたコンピレーションアルバム『Celt Challenge 2』に収録された楽曲。フルサイズでは6分半だが、ゲームではショートサイズに編集されている。中世アイルランドの説話として知られる冒険譚「ブランの航海」をイメージさせる起伏に富んだ展開に加えて、バグパイプとホイッスルのドラマティックなメロディが押し寄せる雄大な楽曲である。

 

『BEMANI SYMPHONY ORIGINAL SOUNDTRACK』

 セガの音楽ゲーム『CHUNITHM NEW』(2021年11月稼働)に提供した「創世のコンツェルティーナ」は、スコットランドのインストゥルメンタルバンド TALISKからインスピレーションを得て曲想を練った楽曲。蛇腹楽器コンサーティーナの響きを9拍子に乗せ、チェロ、グロッケンシュピール、イーリアンパイプ、タップダンスのサンブルを交えたおおらかなバンドサウンドでセッション感と舞踏感を創出している。アレンジワークスでは、2021年9月にリリースされたBEMANIシリーズ楽曲のオーケストラアレンジアルバム『BEMANI SYMPHONY ORIGINAL SOUNDTRACK』に参加。「BPMに左右されないオーケストラ」の異名をとるgaQdanの演奏と、12名のアレンジャーを迎えて制作された本盤で大嶋は「Element of SPADA」(猫叉Master feat.霜月はるか)と「凛として咲く花の如く」(紅色リトマス)の編曲を担当。前曲は哀愁のメロディラインを際立たせたフォーキーなミディアムテンポアレンジで、後曲はスケール感を大陸へと拡げたオリエンタルミュージックアレンジで聴かせる。

 

epitaph

 大嶋が活動初期から楽曲提供を続けているDiverse Systemは、2015年にレーベル活動15周年を記念して同年8月から2016年8月までの1年間、53週に渡り新曲を公開する大型企画「RADIAL」を展開した。大嶋はgaQdanのメンバーによるストリングスと、ヴォーカリストの深水チエ(現・kidlit)を迎えたスローバラード「舞い散る灰の」で参加。楽曲は2016年5月30日(企画開始から42週目)に公開後、同年8月リリースの5枚組コンピレーションアルバム『RADIAL』に収録された。

 

『epitaph』

 2019年末、大嶋は【都市と音楽】をキーワードに据え、「舞い散る灰の」を含むフルアルバム『epitaph』の制作を本格的に開始。1年あまりの制作期間を費やし、2021年4月にリリースの運びとなった。コンセプトアルバムとしては『睡眠都市』から実に12年ぶりの作品である。透明な歌詞カードの重なりによって形成されるアルバムジャケットや、都市を舞台とした世界観、エレクトロニカ/ポストロックを基調とする微睡むような曲想は『睡眠都市』に通じるが、喪失感や虚無感に接する人々を描いた同作に対し、『epitaph』では深い濃霧と降り積もる灰に包まれて終焉を迎えた都市を描いているという点で趣を大きく異にしている。人々の姿はもはやどこにもない。一種の諦念にも似た頽廃的なトーンは格段に深まり、「不在の美」と形容したくなる光景がイマジネーションを尽くして表現される。

大嶋啓之 feat. kidlit「舞い散る灰の」

 本作のイメージは、楽曲を作っていくにつれてどんどん膨らんでいったという。アルバムの冒頭を飾る「都市と亡霊」「舞い散る灰の」が映し出す光景は、埋もれゆく亡骸が遺した、いつ消えるとも知れない意識のあてどない漂流である。ときに異言語のようにも聴こえるkidlitの甘やかで愁いを帯びたヴォーカル/コーラスを水先案内にして、意識は都市の各所へと及んでいく。「飛べない鳥のランドスケープ」では沈みゆく街のインフラストラクチャーを、「虚栄の市」ではかつての狂騒の熱を失った摩天楼を、「水の中の永遠」(同曲には20数年前のデビュー曲「虚空の楽園」のメロディや展開が形を変えて織り込まれている)では朽ち果てたアクアリウムを淡々と描きだす。杉原佳恵[gaQdan](1stヴァイオリン)、岩男千穂[gaQdan](2ndヴァイオリン)、中田裕一[gaQdan](ヴィオラ)、飯島瀬里香[gaQdan](チェロ)、暁 [My Complex of Academy](ギター)、Y.O.U.[e:cho](ベース)といったゲストミュージシャンの好演は、都市のイメージに一層の立体感をもたらしている。

 アルバム終盤では、都市に残された〈モノ〉たちが主を失った世界に思いを馳せ、静かに墓碑銘を刻む。「キリンは海の涯を知るか」では埠頭に立つガントリークレーンのまなざしが、「灯台守に安息を」では都市に高くそびえる尖塔の追憶が、〈記憶と記録〉というテーマをゆっくりと浮かび上がらせてゆく。「メトロニカが聞こえない」は、〈都市の記録〉にクローズアップした鎮魂歌であり、ある意味で本作のハイライトともいえる一曲。かつて『ORBITAL MANEUVER phase two: anemotaxis』で大嶋が展開したテーマとの共通性を見出すこともできる。音声合成ソフトウェアに類する架空のテクノロジー〈メトロニカ〉=〈彼女〉から見た、終焉後の世界。ユーザーもリスナーも誰一人としていなくなってしまったことを知らぬまま孤独に歌い続ける、感情を持たないはずの〈彼女〉の歌が、エモーショナルなギターソロとともに高らかに響き渡る。かの世界においてはもはや聞こえないメトロニカを〈聞いている〉ことにも気づかされ、万感の思いがこみ上げてくるのだ。Voltage of Imaginationでの創作活動で培われてきたイマジネーションが、ここに一つの形として昇華された。

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