「高橋一生カメラ」は主人公と“同化”を促す 『フェイクスピア』配信からみえてくる、演劇の新たな可能性

 一方の「高橋一生カメラ」はというと、これがとても興味深いものとなっている。正直なところ最初は、「一部のファンにとってのサービス的なものなのでは?」と思っていたのだが、これがまったくの見当違い。“高橋一生を見つめる”ことによって、新たな発見があるのだ。「高橋一生カメラ」は、高橋が登場するシーンでは(ほぼ)高橋のみを捉え、彼が不在のシーンになると、舞台全体を捉えた固定カメラに切り替わる。後者に関しては劇場の後方席から眺めている感覚に近いが、前者はカメラが高橋を追い続け、さまざまな角度から彼を見つめるものだ。もちろん、映像はアップのサイズなため、距離も近く感じる。

<画像=NODA・MAP第24回公演「フェイクスピア」(撮影:篠山紀信)>

 この“視点を限定されること”に「高橋一生カメラ」の手法の魅力があると思う。例えば彼が登場している間は、フレームの外側で起こっていることを私たちは目にすることはできない。なので実際に観劇した方を除いて、「本編映像」より先に「高橋一生カメラ」を観てしまっては、何が何だか分からないはず。ここは順序よく進んでほしい。しかしすでに作品の全容を知っている方であれば、視点を限定されながらもフレーム外で何が起こっているのか分かるため、各シーンで主体となっているキャラクターに対する高橋のリアクションに素直についていくことができる。彼の視線の先にあるはずのものを私たちも思い浮かべ、やがてフレーム外の出来事に対する反応はシンクロしていくだろう。まるでVRのように、主人公と「同化」していくのだ。むろん、名優・高橋一生の細かな表現力に唸ることは言わずもがな。圧巻のクライマックスを終えると、劇場での観劇体験とはまた違う種類の疲れに襲われることと思う。

 今回の配信にて、初めてNODA・MAP作品を観たという方も多いようだ。日本を代表し、つねに演劇界の最前線にあるカンパニーだが、上演される会場はかぎられており、毎度チケットは争奪戦。そしてコロナ禍ということもあり、ファンでありながら本作を見逃してしまった方も少なくないことと思う。ともあれ、NODA・MAPが配信に踏み切ったのは意外だった。野田は、多くの演劇作品が公演自粛に追い込まれた2020年の3月に「公演中止で本当に良いのか」というステートメントを出した人であり、やはり演劇は「ナマモノ」であってこそのものだと訴え続けている人だからである。

 コロナ禍の演劇シーンにおいて配信はもはや大きな手段となっており、これまでにさまざま演劇人が、配信ならではの表現を模索してきた。今回の「高橋一生カメラ」という言葉を目にしたときは驚かされたが、この手法による表現からしか得られない観劇体験があるのだ。しかも配信であればチケットは誰しも等しく手に入れることができ、NODA・MAP作品に初めて触れた方の中には、実際に劇場へ足を運んでみたいという気持ちになった方が間違いなくいるだろう。「テクノロジー」を取り入れたこの試みは、配信の魅力を再発見し、観客個々の「フィジカル」にはたらきかけ、演劇の未来に繋がるものなのではないかと思う。 

<画像=NODA・MAP第24回公演「フェイクスピア」(撮影:篠山紀信)>

■配信概要
【初配信!】NODA・MAP『フェイクスピア』
2022年2月19日(土)19:00〜2月27日(日)23:59
Blinky(ブリンキー)にて配信
配信チケット発売期間:2022年2月5日(土)10:00〜2022年2月27日(日)18:00
配信チケット料金:¥3,500(税込)
・チケット販売URL
イープラス:https://eplus.jp/fakespeare/st/
チケットぴあ:https://w.pia.jp/t/fakespeare-v/
ローソンチケット:https://l-tike.com/play/fakespeare/
配信プラットフォーム:Blinky(ブリンキー)

出演:高橋一生、川平慈英、伊原剛志、前田敦子、村岡希美、白石加代子、野田秀樹、橋爪功、石川詩織、岩崎MARK雄大、浦彩恵子、上村聡、川原田樹、白倉裕二、末冨真由、谷村実紀、手打隆盛、花島令、間瀬奈都美、松本誠、的場祐太、水口早香、茂手木桜子、吉田朋弘 
作・演出:野田秀樹
収録日・収録場所:2021年6月12日(土) 東京芸術劇場プレイハウス 

関連記事