『Weekly Virtual News』(2022年2月14日号)
アバターも、メタバースも、回答はプレイヤーたちが提示する
2月10日の夜、私はある劇場へ足を運んだ。アバター劇場『テアトロ・ガットネーロ』だ。「VRChat」向けアバターの宣伝イベントかつ、宣伝対象となるアバターを用いたデモンストレーションや演劇を観覧できる、劇場型イベントだ。モーションアクターチーム「カソウ舞踏団」によって動かされるアバターは、一切の声を発さず、しかし身体の動きだけで「どのような存在か」を示し、ほとんどの観客が息を殺して舞台を見ていた。デジタル製品として流通するアバターに物語が吹き込まれる光景に、私も鮮烈な衝撃をおぼえた。
劇中では、「アバターとはなにか」という問いが投げかけられた。その問いに対する解は、おそらくいくつもあるだろう。自分の現し身か? 自分の理想像か? 自分とは全く異なる虚構の存在か? 流行りの服のように着替える存在か? 『テアトロ・ガットネーロ』では、それを言葉ではなく、舞台という形で示していた。
2月8日に活動4周年を迎えたにじさんじの月ノ美兎は、奇妙な存在を従えている。「謎ノ美兎」だ。アニメ顔のラバーマスクで顔を覆い、ごくたまに登場しては奇行を披露する「実写版月ノ美兎のようなもの」ともいえる存在だ。一応、この存在は月ノ美兎とは異なるものらしい。だが、時折基底現実に降り立っては、視聴者に笑いや恐怖をふりまく姿は、「月ノ美兎のやりたいことを叶える”化身”」のようにも見える。それは、ある意味では「アバターとはなにか」という問いかけへの回答なのかもしれない。いずれにせよ、月ノ美兎が繰り出すエンタメの数々がファンを惹きつけ、非公式の4周年記念サイト「Mitologia」(※1)を生み出す熱量となっているのはたしかだろう。
VTuberからは結婚報告のみならず、出産報告も飛び出しつつある。2月7日に活動復帰したAvatar2.0 Project所属の都三代らみょんは、復帰と同時に第一子の出産を発表した。彼女のアバターはいわゆる美少女寄りだが、その姿からの出産報告は突然だったにも関わらず、多くの祝福が多く寄せられている。「VTuberの姿は不変であるゆえに結婚も出産もしない」という呪縛が解かれ始めた証左だろう。彼女のTwitterでは育児マンガの投稿も始まっている。新米ママVTuberとなった彼女の活動に期待したい。
アバターは「匿名の容姿」と捉えることもできる。基底現実とまるで異なる姿になることで、基底現実の身体のコンプレックスを隠匿することも可能だ。この特性を医療に役立てようという動きが見られた。株式会社comatsunaが発表した「メタバースクリニック」だ。医師によるお悩み相談や、自助グループ、座談会などを無料で受けられるヘルスケアコミュニティサービスだが、その会場として「VRChat」が選定されている点は興味深い。たしかに「VRChat」であれば、会場は自由に用意できるし、なによりアバターは人型や非人型まで自由自在だ。顔や実名を出した状態では相談しにくいことも、ハンドルネームとアバターならばハードルは下がるかもしれない。アバターとメタバースが普及を始めつつある、2022年ならではの試みだろう。
Meta社の「Horizon Worlds」では、アバターに「個人境界線」が設けられた(※2)。自分とほかのユーザーとの間に4フィート(約1.2メートル)の距離が設定され、セクハラといった嫌がらせから守る仕組みとなる。しかし、この4フィートの距離は強制的に設定され、ユーザー側で距離を縮めることも、無効化することもできない。ほかのユーザーとハイタッチをするのにも、がんばって腕を伸ばす必要があるとのことだ。今後フィードバックは受け付ける模様だが、自身のアバターをシステムが縛るというのは、メタバースの負の側面を伺わせる。