『ウマ娘』ウイニングライブ制作の裏側 カットシーンアーティストの役割とは?
カットシーンの制作フロー コンセプトを軸にクオリティを高める
ここからの工程はカットシーンにフォーカスする。左は映像制作に必要なアセットが揃った状態の見た目。通常の制作フローでは、この時点での3D背景は仮のものでモーションも収録したままのものだが、今回はカットシーンを中心にしているため、それらが完成した状態のものになる。
まずライティングを制作。コンセプトアートに合わせてラフなライティングを作成し、コンセプト通りの画になりそうか、ライト関係の機材の配置を含めて確認していく。ライトがひと通り決まったら、プリビズ(完成形が想像できる仮映像)を作成。カットシーンアーティストがコンセプトをもとにイメージを膨らませて映像を構成し、全体的な流れとラフなレイアウトが確認できるプリビズを作成する。
ある程度プリビズができたら、3D背景アーティストとモーションアーティストに共有し、どこがより映るのか、作り込む部分はどこなのかを確認してもらい、後の工程の参考にしてもらう。プリビズが完成したら、各セクションの作り込みを進めていく。
作り込みの段階ではモーション、3D背景、カットシーンアーティストが進捗を共有し、ダンスの動きやポーズ、背景のステージ機材の配置や質感など、ライブ映像を構築する要素の1つ1つを細かく相談しながら制作を行う。各アセットのクオリティーだけではなく、カメラに合わせてライトなどの機材の位置や腕、顔の位置を調整したり、ライブ映像としての最終的な見た目を確認しながら作り込んで完成となる。
コンセプトの立案からライブ映像の完成まで4カ月ほどだが、サウンドの調整やデバックを含めると6カ月ほどになるため、遅くともリリース予定の半年前には動き始める必要がある。楽曲の人数規模だけでもソロから18人と幅があり、かかる工数が変わってくるため、実作業に入る前に検証期間を設ける場合もある。そのためスケジュールには余裕を持って柔軟に調整している。
カットシーンアーティストが守るべきことは、カットシーンのコンセプトを軸にして映像を構成することである。ライブのカットシーンのコンセプトは「楽曲のコンセプトが伝わる映像」「映像としても静止画としても美しくする」の2つ。楽曲のコンセプトが伝わる映像については、曲の展開に合わせた構成の映像であったり、ダンスの印象やウマ娘たちの表情など、様々な要素で楽曲全体のコンセプトを表現して伝えることを大事にしている。
映像としても静止画としても美しくするために、どこを見ても美しいライブだと思ってもらえるよう、映像としても静止画でも調整している。また後々のリリースを踏まえてメディア用の静止画が必要になるため、カットが静止画でも通用するクオリティになっていれば、素材が必要になった時にスムーズに対応できるといった理由もある。
コンセプト自体は普通かもしれないが、この2つを守ってクオリティを高めていくことで『ウマ娘』ならではのライブ映像が作られていく。
ここからはカットシーン担当の分野を中心に紹介。1つめはモーション収録時のチェック。モーションキャプチャースタジオでのリハーサルや収録の時点で、カットシーンアーティストが特に気にするのは映像になったときの印象。フォーメーションやダンスの時の印象はもちろん、特にカメラの構成をイメージして見せ場のカットになりそうな動きをアクターに細かく調整してもらう。ここではアップで表情を見せたいカットと全身、全景を見せたいカットを例にして紹介する。
アップで表情を見せたいカットは、カメラの中心にしっかり収まるように、アクターに体の上下左右の動きを控えめにしてもらっている。逆に頭の動きの演技は、口の動きに合わせて大きめにつけてもらうなどして、表情の印象を強めている。手の動きが印象的なダンスであれば、顔の近くに寄せて手の動きと表情が一緒にカメラに収まるように調整してもらう。
全身、全景を見せたいカットはアップで表情を収める必要はないため、大きく体を動かしてダイナミックに動いてもらう。火柱などのエフェクトとともに全身を映すことで、よりカッコいいカットにすることができる。
次はカットごとの細かな調整。ここでは大きく画面内要素の整理、フェイシャルの見栄え調整、手などのパース調整について、実例を用いて紹介する。
画面内要素の整理。一般的にこういったライブのカットシーンは、ステージ上で3Dキャラクターに踊ってもらい、それを撮影する場合が多い。そのまま撮ると、どうしても狙った構図を撮るのが難しい。そのためカットシーンアーティストはカットごとに立ち位置などのフォーメーション調整や背景オブジェクトの配置など、そのカットに必要なもの、見せたいものを取捨選択し、画面内の情報量の整理を行っている。カットごとに調整が入るためカット数が多い楽曲は調整に苦労するが、美しい画面を作るためには欠かせない工程。
要素整理の例。1つめは「涙光って明日になれ」のAメロ冒頭。賑やかなイントロから一転して、凛としたソロパートに入る部分。本来なら他のウマ娘やサイリウムも見えているが、ソロパートの歌声と歌っているウマ娘の仕草や表情を際立たせるために、なるべくシンプルに見えるようにレイアウトを整えた。
2つめは「Never Looking Back」の歌い出し。画角やアングルによっては、どうしてもウマ娘の立ち位置が手前と奥とで重なってしまったり、機材がカブってしまったりする。そのため立ち姿の美しさを見せつつ、ステージ上の人数感が分かるように調整すべきと判断。カメラに合わせてフォーメーションの立ち位置と機材の位置を調整した。
フェイシャルの見栄え調整。主にアップショットでは、顔の角度によってフェイシャルの見栄えを調整している。3Dキャラクターでは、斜めを向いた時にどうしても口に不自然な立体感が出てしまうため、よりイラスト的な見た目になるようにフェイシャルの見栄えを調整。眉や顎なども必要に応じて調整する。またカメラから遠くなると、口の動きの視認性が下がるため、通常時よりも口の開き方を大きくすることもある。
3つめは手などのパース調整。カットシーンアーティストが利用しているツールでは、手などのパース感も調整できるようになっており、手や指の動きを見てほしいカットで手の印象を強めることができる。またカメラに向かって手を伸ばしているカットでは、パース感の強調をすることで、よりカメラに近いダイナミックな構図にすることができる。