VJや映像演出でも重用される“ビジュアルプログラミング”の魅力とは? 『TDSW』代表・naruminに聞く

「音楽に音圧があるように、映像にも映像圧みたいなものがある」

ーー『TDSW』は、オフラインへのこだわりも強いように見えますが、双方向でコミュニケーションできる場を作りたかったのでしょうか?
narumin:そうですね。ニッチで濃密なコミュニティだからこそ、オフラインで集まる場から発展していきやすいと思っています。ワークショップで出会った人たちが、一緒に仕事をするようになったこともありました。あとは検索して出てこない問題とかも、この場で聞いたら意外とすんなり解決したり。今こうしてそれっぽく語っていますが、はじめた当時はただただみんなでニッチなことをわいわい話すのが楽しかっただけなんです(笑)。

ーーそんな中、新型コロナウイルスの流行によって、半ば強制的にオンラインへと移行することになりました。

narumin:オフラインで集まることを大切にしていたのですが、オンラインに移行して初めて解決できたこともありました。キャパシティの問題がなくなるので、人数の制限なく人を集めることができるし、東京周辺だけでなく、全国〜世界中の人に参加してもらえるようになりました。オンラインをやってみて、場所を問わずに、場所や時間に制限されず技術をキャッチアップできる場を作れたように思います。

ーー結果的に良い側面もあったと。

narumin:ただコロナ禍になって最初に思ったのは、この業界に対する危機感でした。TouchDesignerはリアルな空間をデジタルで拡張するような場面で活躍してきたソフトウェアなので、この技術を持ってる人たちは一定数、仕事が減ってくるのではないかと心配になりました。そんな中『TDSW』にできることは、家での学習環境をローコストで用意すること、そしてデータの可視化や、機械学習、バーチャルプロダクションなど、家で画面の前にいながら享受できるエンタメや、社会実装につなげるにはどうしたら良いのかを、世界規模で考えることだったんです。

ーー世界に向けて発信するにあたって、言葉の壁などもあったかと思いますが、どのように乗り越えていったんですか?

narumin:今やっているのは、月2回のワークショップを日本語と英語で行うことです。前回からサブスクリプションで課金いただいているお金を使って、日本語の講師のワークショップに英語字幕をつける取り組みをはじめました。最終的な目標は、どの言語でワークショップをやっても、いくつかの字幕が用意されている状態を作ることです。ただニッチな領域ということもあり、専門用語の訳し方が難しくて、結構難航しています。なんとか国と言語の壁を超えていきたいですね。

ーーこれまで開催してきたワークショップの中で、特に印象的な回はありますか?

narumin:2つあります。1つ目は、VJ(ビジュアルジョッキー)のNOBUAKI KAZOEさんに登壇していただいたときですね。TouchDesignerを使ってみんなでVJをしようというワークショップだったんですが、コロナ前だったので、ワークショップが終わったあとゲストでVJの方をお呼びして懇親会をしたんです。そのとき、「趣味でTouchDesignerをやってる人がアウトプットする場としてVJをするのってかっこ良くない?」という話になって、『VJ概論』というコミュニティが独立して生まれました。

#VJ概論 第1回 TALK SESSION 〜VJとはなんなのか、VJはこれからどう変化していくのか〜

 もう1つは個人的ハイライトなんですが、Matthew RaganさんというTouchDesignerの巨匠に講師として登壇してもらったこと。3年前にまだ学ぶ環境がなくて1人で勉強していたときに、その方がサイトにアップしていた教材で何とかTouchDesignerの使い方を覚えることができたのもあって、とても尊敬している方です。かけてやっとお呼びできて、そのときは「ここまで来られたんだ」と感慨深くなりました。

ーー『VJ概論』はそういう過程で生まれたんですね。感染状況など、まだ先々のことを考えるには不確定な要素が多いですが、今後の『TDSW』はオンラインとオフラインの両立を目指していくのでしょうか?

narumin:そうですね、ハイブリットでやっていきたいです。

 この1年間、オンラインライブやバーチャルライブなど自宅の画面の前でいろんなパフォーマンスやコンテンツを見てきました。最近になって感染症対策を万全に準備しながら少しずつ小さなイベントが復活してきて、1年ぶりにオフラインで観たり聴いたりすると、音楽に音圧があるように、映像にも映像圧みたいなものがあると感じたんです。ディスプレイや、プロジェクションしてる壁越しの空間の明かりとか人の影など、いろんな要素が組み合わされてパフォーマンスが成立しているんだと。思えば、TouchDesignerが活躍してきた世界って最初からそういう世界なんですよね。現実世界をデジタルで拡張する=現実ありきで成り立っているわけですから。『TDSW』としては、オンラインではどこからでも、誰でも十分な学習ができる環境を作りつつ、オフラインでは、学んだものをアウトプットできる場作りや機会作りをして、挑戦したい人の背中を押せるような存在になれたらと思います。

ーーそういう意味では、naruminさんの最初のキャリアであるNAKED, INC.さんでの経験から、追求していることはずっと一貫してるのかもしれませんね。

narumin:そうなんですよ。現実空間をデジタルで拡張することって、ある意味現実に魔法をかけるみたいな技術なんです。それがオンラインになることで、家によって視聴環境は違いますし、映像が本来持ってるパワーが圧縮されてしまっている気がして。だからこそ、オンラインができるからオフラインはもうやらないってことは絶対にないです。

「何かを作るとメンタルがととのう」 受動的になりがちな今だからこそ能動的に

ーーPatreon(創作支援のクラウドファンディングプラットフォーム)での支援者も徐々に集まっています。できることも増えてきたのではないでしょうか?

narumin:コロナ前は、オフラインで単発開催、単発収益だったんですが、今はPatreonのサブスクのおかげで、月にいくら入るか大体計算できるので、安定して運営できています。コンテンツや扱う言語が増えたことで登録者も伸びているし、講師に謝礼をお支払いしつつ、3~4人のメンバーで運営していくのに苦しくはない予算を生み出すことができました。これからもう少しお金を集めることができたら、多言語展開や、別の切り口の企画をさらに展開していきたいです。

ーーノードベースのビジュアルプログラミングは、アート分野に関しては対してはかなり浸透してきていて、1つの表現形態として確立されているようにも感じます。このあとはどうなっていくと思いますか?

narumin:グラフィックができるパソコンの値段は下がっていますし、無料でリッチなものが作れるソフトなどの環境も揃ってきました。間口が広くなって、必ずしもスペシャリストだけのものではなくなっています。ビジュアルプログラミングと聞くと、パーティクルがいっぱい飛んでたりワイヤーフレームがカッコよく動いているようなイメージがありますが、全く別のアプローチもたくさんあります。たとえば、アナログチックなものや手書きチックなものが流行ったりとか。何事もアッパーがあったらダウナーもあると思っていて、デジタル疲れも相まって、これからはチルなもの、calm(穏やか)なものが出てくるんじゃないかと思っています。『TDSW』でも、花や植物など自然現象のシミュレーションや、アンビエントな音楽に合う映像表現もやっていけたらいいなと思っています。

ーー自分もコロナ禍でBlenderを触り始めたりと、この機会にデザインやプログラミングに挑戦する方は多いと実感しています。naruminさんがこれから何かを始める人に向けて、伝えたいことはありますか。

narumin:自分で何かを作るのは、メンタルがととのう行為でもある、ということを伝えたいです。すでにあるものを見て学ぶインプットもいいんですが、アウトプットすると、インプットしたものへの理解が深まったり、社会とのつながりが持てたりします。ひとりでいる時間が増えたり自宅にいる時間が増えたりする時期なので、オンラインで提供されるコンテンツに受動的になってしまいがちな時期だと思うし、能動的に何かを作るのは精神的に健康な行為だと思っています。特別かっこいいものやすごいものを作ろうとしなくてもよくて、自分が思っていることや感じていることを、映像やデザインや音楽や、そういった感情や言葉とは別のメディアに転換して再認識してみる。少しの時間だけで作れるものもありますし、なにより楽しいのでぜひ『TDSW』のYouTubeを見てみてください。

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