1989年の『MOTHER』と2021年の『MOTHER』――時を越えて紡がれる音楽の旅

 1989年7月27日、任天堂から一本のファミリーコンピュータ用RPGが発売された。独特の雰囲気とユーモアに、こだわり抜かれた音楽とサウンド、赤を基調としたパッケージデザイン(【ELVIS COSTELLO & THE ATTRACTIONSのアルバム『Blood And Chocolate』のジャケットアートワークのオマージュだという】)も印象的な、そのゲームの名は『MOTHER』。糸井重里がディレクションとゲームデザインを手がけ、アメリカの架空の田舎町「マザーズデイ」で起きた不可思議な事件に始まる少年少女たちの壮大な冒険の旅を描いた本作は、多くのプレイヤーの記憶に残る名作として現在も語り継がれている。2020年12月には、ゲーム中のテキストをまとめた全集【『MOTHERのことば。』】が出版された。

 ストーリーにおいても〈音楽〉が重要な役割を担う『MOTHER』。糸井は音楽制作にあたり、当時バンド活動休止中にあったムーンライダーズの鈴木慶一(鈴木は、糸井が1980年に発表したソロアルバム『ペンギニズム』でサウンドプロデューサーを務めた)に白羽の矢を立てた。次に、鈴木の楽曲をゲームに落とし込み、音楽全体をまとめあげるサウンドクリエイターが必要と感じた糸井は、任天堂の宮本茂から田中宏和を紹介された。田中はファミコンやゲームボーイの音源開発に携わり、『バルーンファイト』『メトロイド』『光神話 パルテナの鏡』『スーパーマリオランド』など数々のタイトルを手がけ、任天堂の音楽/サウンドの一翼を担っていたスペシャリストだ。ほどなくして田中と鈴木は意気投合し、二人三脚で音楽を作りこんでいく。

 牧歌的なメロディに心躍る「POLLYANNA (I BELIEVE IN YOU)」や、ユーロポップテイストの「BEIN’ FRIENDS」「ALL THAT I NEEDED(WAS YOU)」、ブルース・ロックの「THE PARADISE LINE」、厳かな雰囲気と泣きのメロディが印象的な「WISDOM OF THE WORLD」などで持ち前のポップセンスを発揮する鈴木。オープニングテーマであり、エンディングともリンクするメロディを緩やかに湛えた「MOTHER EARTH」、ハード・ロックの「POLTERGEIST」「TANK」、ラグタイムの「HUMORESQUE OF A LITTLE DOG」、それぞれスウィングジャズやロックンロール、テクノで表現された3つの「BATTLE THEME」、浮遊感と奥行きを感じさせる「MAGICANT」、切なくもロマンティックな「FALLIN’ LOVE, AND」、低音の効いたダンジョンテーマ「BASEMENT」「SOUTH SEMETERY」「FACTORY」などで脇を固める田中。2人は、映画音楽的な趣向や60~80年代の英米ポピュラー音楽の要素を豊かに散りばめ、ゲーム音楽として昇華させていった。ノスタルジックで心洗われる「SNOW MAN」や、物悲しき「EASTER」、切なさと温かさで包み込む「EIGHT MELODIES」「ENDING」は、鈴木と田中の共作曲だ。1小節ごとに異なる8つのメロディで構成される「EIGHT MELODIES」は、〈讃美歌〉〈救われる音楽〉という糸井のコンセプトを汲みとり、試行錯誤を経て、ついに揺るぎない普遍性を内包する楽曲となった。

 2003年に「ほぼ日刊イトイ新聞」に掲載されたコラム【「『MOTHER』の音楽は鬼だった。」】では、音楽制作時の裏話の数々が綴られているほか、ジョン・レノン、ランディ・ニューマン、ブライアン・ウィルソン、アンディ・パートリッジ、デヴィッド・カニンガムなど、鈴木と田中が『MOTHER』の音楽や雰囲気に通じるアーティストやアルバムを挙げている。

「糸井さんが『MOTHER』というゲームを作ると聞いた時に、実に短絡的に、このアルバムの事を思った。このアルバムの、そぎ落とした無駄のないサウンドは、ゲーム音楽を作る上で、そう、音数を少なくしなければならないという状況で、励みになった」
(鈴木慶一/John Lennon『Plastic Ono Band』選盤コメント)

「表にはでてないかもしれませんが このバンドの持ってたセンスは『MOTHER』の音楽に通じる部分、多いのではないでしょうか。彼らの初期の頃は、イギリスのトラッド色でてます。イギリスのフォークソング、アイルランドのケルト音楽は自分の中で特別な位置にあります。そういう音楽のちょっともの悲しく、切ない匂いは『MOTHER』的」
(田中宏和/STACKRIDGE『Mr. Mick』選盤コメント)

『MOTHER』音楽チームからみなさまへ
(ほぼ日刊イトイ新聞|2003年6月16日公開)
https://www.1101.com/mother_project/entry/archives/MOTHER_music/13.html

MOTHER オリジナル・サウンド・トラック

 1989年8月、アレンジヴァージョンとゲームオリジナル音源メドレー「The World Of MOTHER」を収録した『MOTHER オリジナル・サウンド・トラック』が発売された。レコーディングは日本とイギリスをまたぐ大がかりなものとなり、イギリスにおいては、ジョージ・マーティンが設立したエアー・スタジオや、ピーター・ガブリエル所有のリアル・ワールド・スタジオなどで行われた。現地スタジオミュージシャンには、ブライアン・フェリーとの仕事で知られるチェスター・ケイメン(ギター)、VISAGEのスティーヴ・バーナクル(ベース)、STRAWBERRY SWITCHBLADEのプロデューサーであったデヴィッド・モーション(キーボード)らが名を連ねた。ポップソングとして純度がさらに高められた「POLLYANNA(I BELIEVE IN YOU)」「BEIN’ FRIENDS」や、スロウバラードアレンジの「WISDOM OF THE WORLD」で朗らかな声を聴かせるキャサリン・ワーウィックは、鈴木が現地のヴォーカルオーディションで見出した14歳のシンガー。彼女は本アルバムの象徴的な存在だ。

 シンガーソングライターのジェブ・ミリオンが歌う「THE PARADISE LINE」は、ブルース・ロック+パブ・ロックなカラっとしたアレンジ。中間部では「EASTER」のメロディも登場する。「MAGICANT」(インスト)は、アンビエントなアレンジで桃源郷の雰囲気を演出している。ゲーム未使用曲「FLYING MAN」のヴォーカルには、大のTHE BEACH BOYS好きで知られるフランスのネオアコ/ポップシンガー、ルイ・フィリップをフィーチャー。まさにビーチ・ボーイズ風の甘いヴォーカル/コーラスワークに、REAL FISHの渡辺等のウクレレ&ブズーキが奏でるユニークなリズムに眩惑される。同じく渡辺のブズーキをフィーチャーした「SNOW MAN」(インスト)は、まろやかな雰囲気に満ちた無国籍サウンドが心地よく、中間部で登場する「MY HOME」(自宅/ホテル/病院BGM)の三拍子のメロディにもホッとさせられる。

 セント・ポール大聖堂聖歌隊のジェレミー・バッドが歌う「ALL THAT I NEEDED(WAS YOU)」は、ボーイソプラノとストレートなポップロックというマッチングが新鮮だ。「FALLIN’ LOVE, AND」(インスト)は、KILLING TIMEの斎藤毅(斎藤ネコ)が編曲。KILLING TIMEとJAGATARAのメンバーに、ストリングス隊が加わった豪華な演奏陣のもと、ストレンジなリゾートサウンドが繰り広げられる。そして本アルバムの極めつけは、デヴィッド・ベッドフォードとマイケル・ナイマンの参加だ。ベッドフォードの編曲による「WISDOM OF THE WORLD」ではストリングスパートの息をのむ壮麗さで、ナイマンの編曲による「EIGHT MELODIES」ではセント・ポール大聖堂聖歌隊のコーラスを伴っての暖かな盛り上がりで、心の琴線に触れてくる。

 改めて、〈音楽の旅〉という形容がこの上なく似合うアルバムだ。また、イギリスでのレコーディング経験は鈴木の音楽観に大きな影響をもたらし、ムーンライダーズ再始動のきっかけの一つにもなった。バンドは1991年4月にアルバム『最後の晩餐』を発表し、約5年ぶりに活動を再開。さらに、同年11月には鈴木がソロアルバム『SUZUKI白書』を発表。同作には、『MOTHER』サントラで共演したデヴィッド・ベッドフォードやデヴィッド・モーションがプロデュースや編曲で参加している。