いま猛烈に『メタルギアソリッド』を遊びたい……冒険小説『真夜中のデッド・リミット』復刊に寄せて
アメリカの寒冷地に建造された、核発射能力を備えた極秘基地。その気になれば世界を核の炎で燃やし尽くすことができるこの基地が、謎の武装集団に占拠された。核発射へのタイムリミットは残りわずか。事態を打開するため、米軍は数々の特殊作戦に従事してきた歴戦の勇士を作戦に投入する。基地の抱えた秘密に因縁のある科学者の協力も得つつ、核が発射される前に武装集団に打ち勝って基地を解放することはできるのか……。
こう書くと、「はは~んなるほど、これは『メタルギアソリッド』のストーリーだな……」という感じに見えるだろうか。しかしこれは、先日扶桑社から復刊された、スティーヴン・ハンターの『真夜中のデッド・リミット』という小説のあらすじである。ハンターといえば、映画や配信ドラマにもなった傑作『極大射程』に始まる、超人的な腕前を持つベトナム帰還兵の狙撃手ボブ・リー・スワガーを主人公とした作品で知られる、大ベテランの冒険小説家。彼が1989年に出版したのが『真夜中のデッド・リミット』なのだ。
上に書いた通り、『真夜中のデッド・リミット』はアメリカのメリーランド州に建造された核ミサイル基地が、謎の武装集団に攻撃されるところから始まる。しかし基地の保安システムが作動し、核ミサイルの発射キーは分厚い金属製の扉がついた保管庫に入ってしまう。武装集団が溶接用トーチで保管庫の扉を焼ききるまでに残された時間はわずか。基地奪回のために現場に派遣されたのは、幾多の特殊作戦を成功させてきた歴戦の英雄ながら、イラン大使館解放作戦で大きなミスをした失意の軍人プラー大佐。プラーと彼の率いるデルタ・フォースは、タイムリミットまでに核発射を阻止できるか……というお話である。
面白いと聞いてはいたものの未読だったため、おれは先日の復刊でようやく『真夜中のデッド・リミット』を読んだのだが、あまりにも『メタルギアソリッド』だったのでひっくり返ってしまった。なんせ1989年に出版された本だ。驚くべきは、そういった作品のストーリーが冷戦終結後の1998年に発売された『メタルギアソリッド』まで強く影響した点だ。ツイッターでのツイートを見る限り、小島秀夫はハンター作品をしっかり読んでいる。おそらく「偶然似た」ということではないと思う。
『真夜中のデッド・リミット』の内容には時代性が濃い。出版当時はまだまだゴルバチョフが書記長をやっていた冷戦後期であり、「ひょっとしたら核戦争になるかも」という不安は今とは比べものにならない。出てくる軍人はほぼ全員ベトナム戦争に従軍しているし、プラーが大きな失敗をしたのは1979年のイーグルクロー作戦(イランアメリカ大使館人質事件の救出作戦。大失敗した)である。う~ん、この濃厚な80年代後半の空気……。ここしばらく『アトミック・ブロンド』とか『Call of Duty:Black Ops - Cold War』とか『ワンダーウーマン1984』とか冷戦後期を舞台にしたフィクションがドカドカ出ているけど、『真夜中のデッド・リミット』が復刊されたのもわかるような気がする。
しかし、『真夜中のデッド・リミット』は非常に普遍的な要素を備えた作品でもある。難攻不落の要塞を一瞬にして手中に収めた謎の精鋭部隊。限られた攻略ルートに決死の潜入を試みる歴戦の兵士。偏屈で風変わりな学者。そして否が応でも緊張感を高める世界の破滅へのタイムリミットの存在……。核や冷戦といった要素に加えて『メタルギアソリッド』がフックアップしたのは、むしろこちらの道具立てである。加えていえば、『Call of Duty:Modern Warfare』シリーズにも見られる「悪いのはロシア自体ではなく、アホな超国家主義者」という落とし所も、すでに『真夜中のデッド・リミット』に詰め込まれている。ハンター、恐ろしい男である。
では『メタルギアソリッド』は『真夜中のデッド・リミット』そのまんまのゲームなのか、と言われるとそうでもない。というか、2作品の差の部分に「ゲームを作る人」としての小島秀夫の蓄積や力量が反映されていると思う。まず、最大の違いは主人公の立場である。ご存知ソリッド・スネークは単身シャドーモセス島に潜入し、特殊部隊FOXHOUNDとその参加の次世代特殊部隊と戦う。しかし『真夜中のデッド・リミット』のプラー大佐は事件への対応を行う部隊の指揮官であり、現場には出ない。
というか、『真夜中のデッド・リミット』は主人公が誰なのかが明確ではない物語だ。作戦指揮をとるのはプラー大佐だが、細いトンネルを抜けて単身ミサイル基地に潜入するのはベトナム戦争の帰還兵ネイサン・ウォールズという男と、元北ベトナムの女性兵士であるチャ-ダン・フォン。ある時はA-10に乗ったパイロットが主人公のように戦うこともあるし、作戦に駆り出された地元の州兵部隊の指揮官が思わぬ健闘を見せるシーンもある。たった一人の英雄が事態を解決するストーリーではなく、関係者全員の地道な頑張りが事態をひっくり返す物語である。