動画世代に“楽曲を視覚的にアプローチ”するには? Spotifyのムービー機能『Canvas』の成功例を見る

 筆者が初めて『Canvas』機能に遭遇したのは、Superorganismの楽曲を聴いていたときだった。再生画面の後ろで、楽曲のミュージックビデオの一部分が繰り返し再生されているのを見つけて、面白い機能が付いたな、としばらく見入っていた。Conan Grayは『Canvas』をきっかけにファンになったアーティストだ。初めて「Maniac」を聴いたとき、再生画面で繰り返し流れるConanの姿や動画のストーリーが気になり、すぐにYouTubeで「Maniac」や他の楽曲のミュージックビデオを視聴して、彼のファンになった。今では“お気に入りの『Canvas』”もできて、Logicの「Confessions of a Dangerous Mind」やThundercatの「Drunk」など、アルバムのジャケットが動くタイプの『Canvas』などは可愛らしくて好きだ。

 『Canvas(キャンバス)』とは、Spotifyで楽曲を再生する際に、再生画面の後ろで流れているショートムービーのことである。3秒から8秒の短い動画が、楽曲の再生画面を開いている間中ループされる機能だ。再生回数増加に注力しているアーティストや、一曲ごとの世界観にこだわりを持っているアーティスト、若年層をターゲットにしているアーティストなどは、よく『Canvas』機能を利用して、宣伝したい楽曲の再生画面にショートムービーを貼り付けている。

 日本でも今では、嵐やKing Gnu、CHAIなどが新曲や人気曲に率先して取り入れている。Billie EilishやBTSなどの一部の海外アーティストは、最新アルバムの全曲に『Canvas』を取り入れており、Billieなら頻繁に新しい動画に更新したり、BTSならソロ曲には各メンバーのソロ動画を過去のミュージックビデオから集めて引用したりと、活用法にこだわりもみられる。動画が一周するまでの時間はアーティストによってまちまちだが、主に楽曲のミュージックビデオを切り抜いてはめ込んでいる場合が多い。

 『Canvas』機能は、感覚的にはTikTokやInstagramのリール機能に近いものがある。今年からInstagramのストーリーに『Canvas』機能のついた楽曲をシェアする際にも、画面全体で『Canvas』が再生される仕組みになったりと、Spotifyの視覚的なアプローチがいろんな場面で見られるようになってきたことを実感する。Twitter上で「Spotify Canvas」と検索すると、Harry StylesやK-POPアイドルの最新曲にCancasが付いたことを喜ぶファンの声が多く見受けられた。

『Canvas』機能がウケる世代とウケない世代

 音楽のダウンロード販売が台頭してきた頃から、ジャケットの存在感が薄れてしまったことが嘆かれるようになったのに対して、ショートムービーという新しい視点から、作品に紐づいたビジュアルの楽しみ方が提示されたことはいいことだと思う。また、筆者のように『Canvas』に釣られて楽曲を何度も再生している人もたくさんいるだろうから、日本でもさらなる普及が見込まれる……と思うのだが、実はマイナスの意見もあるようだ。筆者の親世代(40〜50代)にはどうやら評判が良くないようである。

 先日、母親から「このループしている動画を止める方法を教えてほしい」と聞かれた。彼女は、ガチャガチャしているのが嫌なのだそう。また、身近な大人に「Spotifyで後ろで流れる動画邪魔じゃない?」と言われたこともあった。彼ら世代は、同じ映像が何度も繰り返されることに苛立ちを感じる人が多いのだという。普段の生活であまり『Canvas』のような動画に見慣れていないのが原因かもしれない。一方10代や20代は、TikTokやInstagramのリール機能、ストーリーなどいろんな場面で、“ループのショートムービー慣れ”しているので、逆に見入ってしまう。

 ちなみに、『Canvas』はホーム右上の設定画面から「再生」を開き、ページの一番下の「Canvas」ボタンをオフにすることで表示しない設定にすることができる。また、オフライン再生の時は『Canvas』ではなく普通のジャケット写真が表示されるのだが、筆者の場合は「オフラインでも『Canvas』見たいな」と思っていたので、これは世代間でギャップがあるのかもしれない。

 『Canvas』機能はこれまで、「ジャケットをタップすると『Canvas』に転換」したり、「歌詞表示機能と画面内のポジションを取り合い」したりと試行錯誤が行われており、開発チームもユーザーの反応を見ながら、調整を繰り返しているように思える。現在は“『Canvas』付きの曲はずっと『Canvas』、消したければ設定でオフ”で統一され、ユーザーのこの身に任されている状況で、これが1番の解決策かもしれない。

 とはいえ、この『Cancas』機能をマーケティング施策としてうまく活用して、ファンや新しいリスナーにアプローチするアーティストが増えていくことを期待している。実際に、これまでも色々と効果的な活用例が見られており、好きなアーティストをより応援することにつながったり、新たな表現を受け取ったりできる可能性があることは、次に挙げるアーティストたちの『Canvas』活用成功例から分かるだろう。

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