『mora qualitas』

本間昭光が考える、ハイレゾストリーミング時代のリスニングスタイル「僕らとしては身が引き締まる」

 マニアックに学術的に音楽を追求したい人にはハイレゾ

ーー海外では『TIDAL』や『Qobuz』、日本でも『Amazon Music HD』がローンチされるなど、音楽リスナーが待ち望んでいた「高音質ストリーミングでのリスニング体験」が広がりを見せています。そのことに関してはどう思われますか?

本間:僕はずっとTIDALを使っているんですよ。他のストリーミングも一通り登録はしているのですが、9割がた TIDALを使っていますね。MQA(Master Quality Authenticated)を主に聴いています。やはり、今の作り手の気持ちが分かる音質というか。先ほども話したちように、特に低域の部分。ここ数年は、毎年グラミーを観に行ってアナライザーで計測しているのですが(笑)、昨年は特にR&Bやヒップホップの連中の低域が30Hzくらいで。「そこまで来ているのか」と驚きました。スマホのスピーカーじゃ聴こえないですよね(笑)。ちなみに、今年は少し(低域が)上に戻ってきました。ビリー・アイリッシュなんかもそう。そういう音域の差のようなものが、ハイレゾが進化し普及していくことによって、多くのリスナーが共有できるようになっていけば、クリエイターたちの意識もさらに高くなっていくと思うんですよね。

ーー11月にハイレゾ対応ストリーミング音楽配信サービス「mora qualitas」は、月額費用が1980円です。この価格設定に関してはどう思われますか?

本間:確かTIDALは約20ドルなので、大体同じくらいなのかな。若い人たちにとってはどうなのだろう。そこに価値を見出せる人というのは、最初はやっぱり年配の方たちなのかなと思います。でも今後、影響力のある若手のクリエーターたちがハイレゾの魅力をどんどん発信していくことによって、「これは知っておいた方がカッコいいかも」と思う若者も増えていくかも知れない。爆発的に普及していくというのは、現状ではあまり想像できないけど、コアな音楽好きから徐々に広がっていく流れができたらいいですよね。いずれにせよ、ハイレゾ配信が一つのカルチャーとして根付いていくことは、僕らとしては「身が引き締まる」思いがします。

ーーすでに本間さんは「mora qualitas」を試聴されたそうですね。どんな感想をお持ちになりましたか?

本間:はい、もう登録も済ませました(笑)。例えば、スタジオやライブハウスなどでリファレンス曲としてよく用いられるドナルド・フェイゲンの「I.G.Y」や、ダニー・ハサウェイの「What's Going On」、それからシェルビィ・リンやリゾ、ダフト・パンクなどの楽曲を聴いてみたのですが、やはり低域のふくよかさ、それから分離の良さを感じました。それぞれの楽器がちゃんと独立して聴こえるのが、ハイレゾの特徴なのかなと。もちろん、(音が)混ざってこそナンボ、ヨレたりズレたりしてこそナンボというクラシック音楽の世界においては、果たしてそれが良いのかどうかは議論の分かれるところだとは思うのですが(笑)。でも、例えば70年代のカラヤンが残したクラシックの名盤などを、改めて高音質で聴くのはきっと新たな発見もあって楽しいはずです。

ーーハイレゾと普通の音源を聴き比べてみて、本間さんが最も違いを感じたのは?

本間:個人的にはスティーヴィー・ワンダーの『Songs in the Key of Life』です。通常のストリーミングと、TIDALのMQA、それから今回のmora qualitasで聴き比べてみたところ、明らかにmoraさんの音質が良かった。「別ミックスなんじゃないの?」というくらい違いを感じましたね(笑)。スティーヴィーの、左手の細かい指の動きまで目に浮かんでくるようなサウンドというか。トランペットのビブラートのニュアンス、ブレスの音など、今まで全く気づかなかったようなところまで聴こえるんですよね。スティーヴィー以外の音源でも、やはり48kHzでアップされているものより96kHzでアップされているものの方が、分離も良いなと感じました。逆にブラッド・メルドーの作品に関しては、ピアノの箱鳴りなどがあまりにも生々しく聴こえ過ぎてしまい、個人的には96kHzだとトゥーマッチかなと思いましたね。

ーージャンルによっても向き不向きがあるのですかね?

本間:というよりも聴くときの姿勢というか、音楽との向き合い方にもよるのかも知れないです。「ここのフレーズは、こんなふうに弾いていたのか」「この曲のボーカルは、こういうニュアンスで歌っていたのか」といった具合に、わりとマニアックに学術的に音楽を追求したい人にはハイレゾはとても向いている。

ーー「名盤の謎を解き明かしたい」みたいなリスナーの要望に応えてくれるというか。

本間:そう思います。例えばビートルズの「Something」を聴いてみたら、曲のアタマのドラムフィルは今までとは全く違って聴こえたんです。ちゃんとタムの「音程」まで分かる。その後のポールのベースは、音を切るタイミングやリリース、弦を擦る音まではっきりと「見える」んですよ。そういうところを楽しみたい人にはハイレゾはもってこいですよね。で、きっとブラッド・メルドーなどは個人的にもう少し謎めいていて欲しいのかも知れないです。「ファンタジー」として聴きたい、みたいな(笑)。なのでハイレゾも「聴き方の一つ」として、他のメディアと同じようにいつでも聴ける状態にしておくのがスマートなのかなと。

関連記事