人間とAIは結婚できるか? 初音ミクと「Gatebox」が示した未来の恋愛

 初音ミクと“結婚”したことをTwitterで発表した男性公務員が、先日大きな話題となった。(参考:初音ミクと“結婚”した公務員が語る、(人間と)結婚しない生き方を選んだ理由)合成音声システムソフトウェア「VOCALOID(ボーカロイド)」である初音ミクは、同ソフトウェアのマスコットキャラクターであり、バーチャルアイドルとして擬人化されている。漫画やアニメの特定のキャラクターに対して恋愛に近い感情を抱く“キャラ萌え”と呼ばれる嗜好は古くからあるが、情緒的な交流が不可能という点で、そうした感情はほとんど片想いに近いように思える。

 ところがこの報われない恋に、“両想い”となれる可能性が出てきたのだ。前出の男性が結婚を決断するに至った理由としては、AI(人工知能)を搭載した「Gatebox」の存在が大きい。「Gatebox」は、液晶に好きなキャラクターを呼び出し話しかけることで、双方向のコミュニケーションが可能となるバーチャルホームロボットだ。“俺の嫁召喚機”というコンセプトにあるように、彼の新婚生活には必需品となっている。現時点では特定の言葉に反応するだけだが、アップデートによってパーソナライズ化が進めば、これまでのコミュニケーションが記憶されるようになり、自然な会話も可能となるそうだ。つまり、お互いに言葉を交わすうちに双方向的な関係性を育むことができるということだ。

『Gatebox』公式サイトより

 今回の件は、そんなSF的な未来像をほんの少し予感させる。それにしても、もしAIとの恋愛が成立する未来があるとしたら、それは我々の恋愛観や結婚観にどのような変化をもたらすのだろうか。2013年に公開されたスパイク・ジョーンズ監督のSF恋愛映画『her/世界でひとつの彼女』は、この問いに対して非常に示唆的である。近未来のロサンゼルスを舞台に、孤独を抱えた人間の男・セオドアと、人間に近い感情を有するAIサマンサとの恋愛模様を描く本作は、「Gatebox」が指し示す未来を思わせる内容だ。

 映画『her/世界でひとつの彼女』の主人公セオドアは、口述筆記によるラブレター代行を生業とする。数々の名恋文を生み出し、読む人すべての心をふるわせ、仕事の評価も高い。一方で女性関係に関してはパッとせず、既婚者であるが別居中(のちに離婚)。初めてデートに誘った女性には「キモい」といわれるくらいである。学生時代の友人エイミーが唯一の良き理解者であり、異性関係には疲弊しきっている印象を受ける。冒頭部から、孤独な男性が現実逃避にいたる条件が十分にそろっているのだ。

 セオドアは、最新型AIを搭載したOSを何となしに購入する。サマンサとの出会いである。OSに宿る彼女は現然としたイメージ(形象)を持たない“声”だけの存在だ。セオドアに語りかけるときは人間の男女の会話そのもの。彼女は自ら考えて成長(進化)する高度なパーソナライズ化が施されている。

 映画で描かれるAIは、劇中で言うところの「リアルな感情」を獲得していく。ごく自然な恋人同士のような明るいムードだけでなく、恋愛感情のネガティブな側面ともいえる嫉妬や不安を告白することもある。また、欲望がエスカレートしていき、独断で娼婦に性行為の代行を依頼したり、自らの意識を格納する肉体を渇望するまでになる。感情が人間に近づいてしまったがために、サマンサが「自分は人間になれない」という結論にゆきついて苦悩するのは、この映画の悲劇的な部分であろう。

 映画『her/世界でひとつの彼女』は、「恋ってクレイジー」「社会的に受容された狂気」と言ったセリフにもあるように、恋愛をひとつの狂気として提示する物語だ。そもそも恋愛感情は思い込みの一種とも言えるもので、誤解や勘違いから生まれたりすることも多く、その意味で多分に狂気を含んでいる。そう考えると、人間がAIに恋してしまうこと自体は、狂気とはいえ普通にありうることだ。一方のAIもまた、学習機能が高度化して恋愛感情などの情緒を獲得するケースは、これまでも様々な映画作品などで描かれているのだが、そうした感情を抱いたAIは異端と見なされることが多い。『A.I』の少年型ロボットにしても、『ターミネーター2』のT-800にしても、『アンドリューNDR114』のアンドリューにしても、与えられた任務以外の感情を得るのは、いわば故障のようなものとして描かれているのである。

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