ワールドワイドな規模感で作られたアニメ『イングレス』制作秘話 石井朋彦&櫻木優平インタビュー

「アニメは『日本人が撮れるハリウッド映画』」 

ーー技術的な部分で、『Ingress』の世界観を表現しながらアニメーションとしても成立させる部分で大事にしていたことはありますか。

櫻木:やっぱり色ですね。特に今回は色がテーマになっている作品なので、どちらかに一方の色に偏ると不満を持つことになってしまうので、両陣営のバランスを取ることにはこだわっていました。

ーーまた、手法もフル3DCGというところもあり、櫻木さんの得意とされてる分野ではあると認識はしているのですが、櫻木さん自身のどのようなルーツがこの手法に繋がっているのでしょうか。

櫻木:自分はもともと実写をやろうと思っていて、仕事としてCGを使ってはいたのですが、その時期にCGでセル調のアニメを作るっていう文化が始まり、「自分でもアニメ作れるんじゃないか」と思って参入してきました。アニメは畑が違うし、自分がやれる仕事とは思っていなかったのですが、時代がそうなったという印象です。

ーー櫻木さんは3DCGを使っているから実写っぽいわけではなく、表現自体が実写のようだと感じていました。その辺りも石井さんとしては、色んなクリエイターさんを見てきた中で新鮮に映る部分だったりするのでしょうか?

石井:作画のアニメが素晴らしいことを20年間やっていて深く感じつつも、やはり時代の変化はあるので、確実に新しい世代がアニメの世界を変えていくと思っています。、櫻木たちのようにコンピュータと3Dを使って日本のアニメを革新しようという人たちが現れたことは必然だと思っています。そういう人たちが腕を振るえる場を用意するのが僕らの役目なので、意図したというよりは、時代がそうさせているのかなという気がします。


ーー今回の作品に使用した特別なテクノロジーなどはありましたか。

櫻木:映像でいうと、ゲーム側が『Ingress Prime』という次のバージョンを作っているのですが、アニメとほぼ同時進行で作ったことにより、システムや設定を交互に移植し合いながらゲームとアニメを一緒に作ったところも新しかったのかなと思います。スマホにIngressが映らざるを得ず、開発途中からずっと更新されていくので、そのあたりも一緒にやっていった感覚があります。

石井:音に関してかなり時間をかけています。普通のテレビアニメは30曲くらいの劇伴を作って最終段階に効果音とこれまでの音楽を編集したものを持ち寄り、セリフとミックスして完成になるのですが、Ingressはまず、最初のムービーの段階で監督のイメージを音響スタッフに伝え、音楽デモを膨大な数作ったんです。それを一回通して聞いてみて、全てフィードバックしたものをもう一度作り、ライブラリーで足りない曲に関しては新曲を録り直して、限りなく映画や海外の作り方に近い作り方で制作しました。通常のアニメの5倍ぐらい時間をかけています。フォーリーと呼ばれる衣擦れの音や、動いたりすると音を全部生音で録っているので、サウンドに関してはとても贅沢に作らせていただいてます。

櫻木:驚愕の贅沢さですね。

石井:本来こういう作り方をするべきなんですけど、なかなか時間の制約でできないんですよね。櫻木がもともと音がわかる監督です。、それに、作画はギリギリまで音をつけられないんですが、3Dはかなり前段階から音のプラン立てやすい。なるべく早く3D上での映像を音チームに渡して時間をかけて仕込みができるという点も、音に関するクオリティの高さの理由のひとつです。

ーーそこにフル3DCGの利点があるんですね。

石井:テレビでスコアリングってなかなかないと思うんですけど。おそらく37、8曲はライブラリで、残り2、30曲は絵につけるというとても贅沢な作り方をしています。オーケストラでちゃんと収録しています。それも本当にテクノロジーのなせる技です。デジタル化したので、監督の手元にあるデータがそのまま音響スタッフに渡って、音響スタッフが仕込んだものがそのままデータで送られてくる。昔だったら全部集まってやらなきゃいけなかったことがリアルタイムでできるわけです。ロサンゼルスにロケハンに行った時にモーテルの部屋で櫻木がずっと映像チェックをしていて、そんなことできるのかと思ったけど、できちゃうんだよね。

櫻木:そうですね。今もう全てネット経由でチェック物が上がってくるので。どこにいても仕事ばっかりしてますね(笑)。

石井:普通にWi-Fiが飛んでれば会社と変わらないという。それこそすぐバイク便飛ばしてた時代からやっていた僕にとっては衝撃でした。

ーーあと、個人的に驚いたのが主題歌アーティストで。イギリスの優れた新人に贈られる「マーキュリー・プライズ」や、「グラミー賞」へのノミネーションもされている世界的バンド・alt-Jが起用されているという。日本のアニメで彼らクラスのアーティストが主題歌を担当するのは相当なことだと思います。

櫻木:日本の作品を世界にと考えていたので、最初は日本のミュージシャンで考えており、色々試していたのですが、ある日ジョン・ハンケさんが「このアーティストはどうか」と連絡をくれたのがalt-Jでした。

櫻木:とても驚きました。アニメのオープニング、エンディングにしては渋すぎるんじゃないかという議論もあったのですが、「どうせ攻めるんだったらこのぐらい攻めてみよう」ということで、映像を当ててみて今回のオープニング、エンディングになりました。アニメとしてどうかという部分を置いておけば、割と自分の好きなジャンルの音楽なので、音楽に合わせた形で絵をつけようと思い作成しました。

石井:あとは歌詞が『Ingress』の世界観と近くて、「Triangle」という言葉が何度も出てくるのですが、男女の三角関係のことを歌っているんだろうけど、明らかに「Triangle」って言葉の中に色んな意味が含めてあり、歌詞を読みながら映像をみて、アニメをみてもらうと世界観とマッチしているなと感じれると思います。

ーーそもそも「+Ultra」はどういう経緯でできることになったんでしょうか。

石井:『Ingress』はフジテレビさんにとってもNianticさんにとっても、巨大なプロジェクトでした。CRAFTARが博報堂グループでもあるので、テレビ枠はテレビ局と広告代理店が一緒になって作っているので、双方のやりたかったことが『Ingress』という作品を作ることによって具体化したという感じです。フジテレビの皆さんが「アニメをもっと面白くしていこう!」という気概を持ってらっしゃった。皆さんの情熱がチャンスをくださったということだと思います。

ーー情熱や気概が既存のものではなく新しい枠を作るということで成り立つものだったということですね。

石井:そうですね、特にありがたいのは、海外で見てもらえたとしても、やっぱり日本のスタッフは日本のテレビが放送したものを家族や親戚とかに見て欲しいわけです。残念ながら全ての人がNetflixに加入しているわけではない。日本ではテレにビでもNetflixでも見られて、世界ではNetflixで見られるということが、最高の環境だと思います。しかも海外とほぼ同時期ですからね。

ーーお2人は現状、日本のアニメーションは世界の中でどういった立場に置かれていると認識をされていますか?

櫻木:自分の認識では、まだマニアックな一部の人が見ているものという認識が強くあります。ただ、日本のアニメがこれだけ人を惹きつけてるということは、手法として「強い」ものがあるんだろうな、とも感じています。だからこそ、自分たちのミッションは「日本のアニメ文化が作ってきた良いところを、世界で戦える形にして挑む」ということだと常々感じています。

石井:アニメは「日本人が撮れるハリウッド映画」だと思っているんです。日本人が主人公の実写映画は海外で見てもらえるチャンスは少ないですが、韓国映画はちゃんと韓国人の主人公が世界中でかっこいいという文化を作ってきた。日本はそれをアニメでやってきたと思っています。それこそ宮崎駿さんや庵野秀明さん、大友克洋さんや、渡辺信一郎さんたちが、明らかに実写でやるようなドラマを、世界が発見してくれるようなクオリティで作ってきました。

 一時期アメリカでは夜中テレビをつけるとカートゥーンネットワークでほぼ『AKIRA』か『攻殻機動隊』が放送されていたのですが、体制が変わり「アニメは子供向けのものだ」と一気に放送がストップし、明らかにその時期から、本格的な日本アニメの海外での売れ行きが下がっていたのです。そこから10年くらい、日本も鎖国気味になっていたと思うのですが、そのなかでもしっかり見つけてくれる海外のファンは居て、その方たちを含めた世界を見据える状況を作ってくれた、Netflixとフジテレビの決断は大きいです。Netflixは「日本に求めるものは子供向けのアニメではなく大人向けのアニメである」という明確な方針があるので、そこは僕らとしてもありがたく、新たな扉が開いた感じがします。どんどん若いクリエーターがそこに入っていく環境を整えていきたいですね。

(取材・構成=中村拓海)

■TVアニメ『イングレス』
2018年10月17日よりフジテレビ「+Ultra」にて毎週水曜日24:55から放送開始
NETFLIXにて10月18日(木)より日本先行全話一斉配信

関西テレビ    10/23(火) 25:55~
東海テレビ    10/20(土) 25:55~
テレビ西日本   10/17(水) 25:55~
北海道文化放送  10/17(水) 24:55~
BSフジ     10/24(水) 24:00~

原作:Niantic
監督:櫻木優平
脚本:月島総記/月島トラ/赤坂創
音楽:カワイヒデヒロ
キャラクター原案:本田雄
副監督:入川慶也
CGディレクター:古川厚
美術監督:加藤浩(ととにゃん)/ 坂上裕文
美術監督補佐:新井帆海
コンセプトアーティスト:幸田和磨
モデリングディレクター:宮岡将志
アニメーションディレクター:小林丸
撮影監督:野村達哉
制作プロデューサー/音響監督:石井朋彦
アニメーション制作: craftar
オープニング・テーマ:alt-J「Tessellate」

CAST
翠川 誠:中島ヨシキ
サラ・コッポラ:上田麗奈
ジャック・ノーマン:喜山茂雄
クリストファー・ブラント:新垣樽助
劉 天華:鳥海浩輔
国木田慈恩:利根健太朗
ハンク・ジョンソン:佐々木啓夫
ADA:緒方恵美

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