ワールドワイドな規模感で作られたアニメ『イングレス』制作秘話 石井朋彦&櫻木優平インタビュー
10月17日よりTVアニメ『イングレス』がフジテレビ「+Ultra」にて放送開始。Netflixでも配信がスタートする。スマートフォン向けリアルワールドゲーム『Ingress』を世界観のベースに制作された本作。世界的にも認知度の高いゲームを題材にし、主題歌やストーリーなどもワールドワイドな規模感となった作品について、プロデューサー・石井朋彦氏と監督・櫻木優平氏にインタビュー。日本と海外を繋ぐ挑戦や、フル3DCGアニメーションだからこそできる新しいアニメの作り方、ジャパニーズアニメーションの現状などについて、じっくりと話を聞いた。
「アニメで起きていることは、現実世界で起きている事の比喩」
ーーまずは、『Ingress』がアニメ化することになった経緯をお伺いさせてください。
石井朋彦(以下:石井):『Ingress』の生みの親であるジョン・ハンケさんと十数年前にグーグルマップのイベントで一度お会いしたことからNianticの皆さんとと交流がありました。フジテレビがNianticに出資したことでアニメ化の話があがり、日本において『Ingress』を日本と海外、両方のお客さんに支持されるグローバルな作品をCRAFTARで作成できないかという相談をいただき、櫻木に監督を打診して、物語やキャラクター作りを始めていきました。
ーー櫻木さんに監督を依頼することになった決め手は?
石井:当時の櫻木は、岩井俊二監督や庵野秀明監督が企画した「日本アニメ(ーター)見本市」という短編映像シリーズ企画などに関わり、着々とステップアップしていました。次はテレビか映画の監督を任せたいなと思っていて、そんな中で『Ingress』の話を頂いたのです。。櫻木はキャラクター、ドラマ、世界観のどれかではなく、全てにこだわりがあり、日本だけでなく世界の人に見せられる作品を創らせたら若手監督の中でトップだと考えていました。3DCGでアニメーションを作ることにこだわっている櫻木であれば、『Ingress』のように、拡張現実的な世界観のゲームをアニメ化するにあたり、最も優れた力を発揮できるのでは、という考えがありました。彼にお願いするということは企画が始まった時から頭の中にありました。
ーー依頼を受けて、櫻木さんは最初にどう感じましたか。
櫻木優平(以下:櫻木):『Ingress』っていうゲームが世界的に有名だということは知っていたので、最初から世界と戦う作品になるということは感じていました。なので、ちょっとした文化の違いや言葉の壁は協力していただきつつ、Nianticさんと一緒に作っていくプロジェクトになればと思ったんです。優秀なスタッフを集めていただき、脚本も月島さんという優秀な方にお願いさせていただいたのと、Nianticチームのゲームサイドの脚本家の方々の協力もあり、いいものを作るということに関しては保証されたチームだったので、今回の仕事は「舵取り」だなと感じました。特に、どこに価値観を持っていくかという部分は、海外に寄りすぎても、日本に寄りすぎてもいけないので、どの国の人に見られても「なんじゃこりゃ」とならない所にうまく持っていくということをかなり意識しました。特にセリフの部分でNiantic側の海外チームと日本チームの微妙な感覚の差をどちらに寄せるのか、もしくは中間で打開案を見つけるところは難しかったです。
ーーシナリオやセリフ、ストーリーなどはどのような順番で制作されたのでしょうか。
櫻木:まず一番大枠のプロットに関しては最初にNianticやプロデューサー、脚本家と自分でディスカッションして大まかにゴール地点を決めました。そのあとに脚本の月島さんにたたき台を作っていただき、それを見ながらさらにディスカッションをして進めていきました。
ーーその中でゲーム『Ingress』の設定要素をどのくらい残すかというのもシナリオを決めた段階でディスカッションしたのですか?
櫻木:そうですね。ただ、それは音や絵でも起きていて、Ingressと呼べる作品にしないといけないけど、『Ingress』を知らない人も面白い作品でないといけないというバランスは常に気を使っていました。色んな人が色んなこだわりを持っていたと思うのですが、エンターテイメントとしていいものを目指した結果、落ち着けたところはあります。
ーー具体的にどのような部分で議論が生まれましたか。
櫻木:日本のアニメは派手で、海外から見ると子供っぽく感じるようで、その点に関しての議論が多かったです。
ーー派手というのは背景の書き込みやアクションを指していたり?
櫻木:キャラクターの言動とかですね。あとは服装など、そこは最初から理解してキャラクター自体に関しては抑えていました。
ーー『Ingress』という世界観をアニメーションにするにあたって、お二人が『Ingress』をどういうゲームだと捉えていたのかも聞きたいです。
櫻木:最初はただの陣取りゲームだとしか思ってなかったんですが、話を聞いていくと陣取りゲームはただの手段で、バックストーリーの設定がすごく分厚く、そこが軸になり今回の作品ができました。なので、こんなキャラクターがいるのか、こんな設定があるのかと最初とゲームの印象が変わりました。多分アニメを見た後にゲームをプレイすると、また違う感覚になると思います。
石井:『Ingress』って「エキゾティックマター(XM)」という物質を取り合う話なんです。この物資は『Ingress』の世界観の中に存在するもので、実際には存在しないのですが、これって人間界の色々な物の比喩だと思うんです。それはお金かもしれないし、原子力かもしれないし、もしかしたら宗教かもしれない。XMをめぐり、大きく対立する双方が戦っているという状況があって、その中で「じゃあ一体何が大事なのか」を描くのがこの作品のテーマです。。最初に僕らが考えたことは「どちらかが勝つ話にしちゃダメだ」ということでした。世界が対立してるだけではダメで、大きな目的や課題に対して手を組まないと次のステップにはいけないということを描こうと、作品の描くべき主題を固めてゆきました。
ネタバレにならないように申し上げると、最終的には両陣営の対立の物語ではなく、「XM」をめぐる大きな陰謀に向かい、2つの陣営がどう立ち向かって行くかを描く話になるはずです。どちらが勝ちか負けかというのは今の時代に描くのは一番格好悪いと思います。そこをきちんと11話まで作り切ってうまく収められた。ゲームをプレイしている人にはどちらの陣営もOKと思って欲しかったし、プレイしたことない人には、このアニメで起きていることは、現実世界で起きている事の比喩だと思っていただきたかった。
ーーまさにそれは世界のどの国で表しても共通するテーマですね。
石井:そうなんです。テクノロジーや文明、自然と都市、宗教など、対立だらけの世界で、登場する環境も背景も違う主人公たちが11話の中でどう成長して共に答えを見出せるのかが見どころになると思います。テクノロジーは最終的には人間が使うもの。テクノロジーだけでもダメだし、かといって自然主義だけでもダメ。バランスを持って世界と向き合ってゆくべきなのでは、と。
ーーまずは日本から始まり世界に広がっていく、というアニメのストーリー展開もその辺りを想像して組み立てていったのでしょうか。
石井:僕らは日本で作っているので、始まりは日本でないとありえませんでした。それに『Ingress』のアイデアは、ジョン・ハンケさんが京都に訪れた時に「何故神社仏閣の前で神聖な気分になるんだろう」と感じたところから始まったそうです。日本が世界の中において、経済だけではなく、精神性なものとテクノロジーが常に一緒にある国として注目されてることも含めて、スタート地点として日本がふさわしいのではないかと考えました。
ーー日本から世界へ展開するにあたって、本作品は“クールジャパン”的なものを打ち出しすぎず、薄めもせず、自然な形で同居してるという部分が印象に残りました。
石井:それは嬉しいです。自分たちでクールって言っちゃダメですもんね(笑)。「なんで海外に輸出する時におかしな日本を演じるんだろう、そのまま面白いと思うものをやればいいじゃない」という思いもあります。日本人は期待に応えようとし過ぎてしまうので、そこは僕らはやるまいと決めて本プロジェクトをスタートしました。