『ブラッサム』“珠”石橋静河の再生に潜むもう一つの意味 “繕う”が持つ二面性を分析

 ただ、ここで「繕う」という言葉をすべて肯定的に受け取っていいものだろうか。穴が開いたら塞ぎ、傷ついたら治す。繕うという行為は尊い。だが、この言葉には相反する意味もある。体裁を繕う、言葉を繕う。そこには、傷や不都合を覆い隠し、ごまかすという意味があることがひじょうに興味深い。同じ「繕う」でも、壊れたものを生かし直すことと、壊れている事実を隠すことは違う。モデルの宇野千代の人生において、「繕う」は果たしてどちらだったのだろうか。そう思うと、このドラマはがぜん、ミステリー性を帯びてくる。秋山(高良健吾)のキャラ造形の参考になっているらしき芥川龍之介の代表作『藪の中』のように。

 目下、ドラマでは、いい意味にしか使用されていないように感じる。もちろん、そこに描かれた意味を受け取るのは自由だ。しかし、一つの言葉の持つ両義性を考えれば、すべてを肯定的に受け取ることには危うさもある。話が大きくなるが、人間の叡智が生んだものも同じだ。人を救うものが、使い方によっては人を傷つけることもある。

 さて。この週、よかったのは、珠に子供ができたとき、周囲が皆、好意的だったこと。結婚前に「ふしだら」とそしられることがなかった(「ふしだら」は岩国でさんざん言われてきたこと)。岩国のリョウと守(中須翔真)は少し心配していたが、幼い俊子(徳丸心結)と英男(徳丸夏輝)は甥か姪ができると「やったやった」とはしゃぐ。この場面が出色。2人が手に手をとって踊りだし、そのままいったん上手(向かって右)へはけ、また戻ってきて今度は下手へ。その奥に心配するリョウと守が座っている。画面の外からも「やったやった」がずっと聞こえている。心配と喜びのふたつの面を同時に描いているように見える。まるで「繕う」の二面性のように。

 この週は、演出が冴えていた。珠の早産のシーンも、リアリズムで描かず、小説の描写のように、どこからか鞠をもった少女が現れるという珠の脳内世界のようにしている。早産した子は女の子だったのだろうという想像の世界だ。珠が作家になる人物だからこその描き方だと思う。

 東京と北海道に旅立つ列車の中のシーンの間にタイトル映像をはさむのも、ベタといえばベタだが、同じ回のなかで、舞台を大きく変える方法としては最良だろう。東京編の人たちのキャラが濃くてよかっただけに、もうお別れ? と思うと惜しまれる。

■放送情報
2026年度後期 連続テレビ小説『ブラッサム』
NHK総合にて、毎週月曜から金曜8:00~8:15放送/毎週月曜から金曜12:45~13:00再放送
NHK BSプレミアムにて、毎週月曜から金曜7:30~7:45放送/毎週土曜8:15~9:30再放送
NHK BS4Kにて、毎週月曜から金曜7:30~7:45放送/毎週土曜10:15~11:30再放送
出演:石橋静河、高良健吾、金子大地、赤堀雅秋、イッセー尾形、川島潤哉、中村優子、井浦新、遠藤憲一 ほか
作:櫻井剛、小松與志子
主題歌:YOASOBI
制作統括:村山峻平、櫻井壮一
プロデューサー:大野陽平
演出:盆子原誠、中泉慧、佐藤玲衣、田中陽児、小林直毅、野田雄介
写真提供=NHK

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