『どこよりも遠い場所にいる君へ』若手ライター座談会 “青春アニメ”の現在地を読み解く

 映画『どこよりも遠い場所にいる君へ』(以下、『どこきみ』)が10月9日に公開される。本作は、都会から遠く離れた采岐島を舞台に、とある事情により都会から島へ来た高校生・月ヶ瀬和希と1974年からやってきたという秋鹿七緒の出会いを描くジュブナイル物語だ。

 原作者・阿部暁子は2025年「カフネ」にて第22回本屋大賞を受賞した注目の作家であり、キャラクターデザイン・総作画監督を今年話題となった『超かぐや姫!』のへちまが務め、七緒役を同じく『超かぐや姫!』の酒寄彩葉役・永瀬アンナが担当していることで、アニメファンからも注目を集めている。  

 そんな『どこきみ』を一足早く鑑賞した、作中の和希や七緒と比較的年齢の近い若手ライター陣4名が集結。自身の学生時代やSNSとの接し方も振り返りながら、本作について語り合った。(舞風つむじ)

「時代ガチャハズレ感」――「コロナ禍の青春」を生きた世代が見たもの

映画『どこよりも遠い場所にいる君へ』【10月9日(金)公開】本予告60秒

徳田要太(以下、徳田):まずは皆さん、ご自身の世代と普段どういうふうに映像作品を観ているかについて、自己紹介をお願いします。僕は1996年生まれで、皆さんより少し上の世代になります。

舞風つむじ(以下、舞風):僕は2019年に高校を卒業していて、いま高校生の和希たちと比べると2014年卒業の高津や仁科先生に近いかもしれません(笑)。普段はアニメを中心に観ていて、たまに実写映画も観ます。

丹渡実夢(以下、丹渡):私は2020年に高校を卒業しています。普段はミニシアターでアルバイトをしていて、ドラマやアニメを観るというよりも映画館で映画を観ることのほうが多いです。年間120本くらいは映画館で観ていることもあり、皆さんと比べると映像の中でも特に映画に寄っていると思います。

クコ:僕は放送中のアニメを観たり、映画祭でアートアニメーションを観たり、美大の卒業制作アニメを観たり……という感じで、完全にアニメに寄っています。2023年に高校を卒業しているので、ちょうど高校入学と同時にコロナ禍に入った世代だと思ってもらえるとわかりやすいかもしれません。

徳田:それでは、本題に入っていきたいと思います。和希と七緒は、それぞれある“トラウマ”を背負っていて、采岐島がある種の逃避先として位置付けられていました。皆さんは2人の世代と比較的近いこともあって、いろいろと感じる部分もあったんじゃないかと思います。まずは、『どこきみ』のストーリーやキャラクターに共感したところ、印象に残ったシーンをそれぞれ聞いていきたいです。

舞風:そうですね……僕も高校1年生くらいのときはちょっと逃避したがりというか、気分で学校をサボったりしていたので、割と共感できたところはあります。「あぁ、思春期ってこんな感じだよねぇ……」みたいな。

徳田:舞風さんも七緒ちゃんみたいな子に救われたんですか?

舞風:いや全然(笑)。電車でちょっと終点の方まで行ってぼーっとしたりゲームしたりして、昼くらいに学校に行く……みたいな感じでした。なので、和希の「1人になりたい」という気持ちはわかる部分もあるんです。そういう意味では、何度かある和希が1人で浜辺にいるシーンが結構好きです。

徳田:僕は冒頭の海で七緒が倒れているシーンが結構好きでした。大人の椿高津がテキパキと救急車を呼んだりする一方で、和希は倒れている七緒を見つけて助けようとするけれど、どうすることもできない。「助けるぞ!」っていう意思はあるんだけど、いまいち要領を得ない若い男の子らしさがちょっとわかるかもと思って観ていました。それと、基本的に淡々としているこのアニメのカット割りの中で和希が海に足を踏み入れるカットが素早くインサートされているのも印象に残りました。「足が濡れることも厭わない」ちょっとした衝動というか、助けたいという気持ちが読みとれつつも、実力が伴わない年頃の男の子っぽさが感じられました。ちなみに特に大きな意味はないかもしれませんが、「水中に足を踏み入れる」モチーフはその後の展開や原作書影でも反復されるので少し気になっています。

丹渡:私は2020年に大学に入学していて、1〜2年生の時期ががっつりコロナ禍にかぶっているんですね。当時は精神的にしんどくて、「生まれた年が違ったらよかったのにな」と考えることも多かった。三宅香帆さんが『あの花が咲く丘で、また君と出会えたら。』について、「あれは『親ガチャ』を無効化して「『時代ガチャ』をインストールする小説なんだ」という話を『考察する若者たち』(PHP新書)の中でしていました。私たちより下の世代も、コロナ禍と学生時代が重なっていたことで「時代ガチャハズレ感」を抱いていると思っていて。そういった感性と『どこきみ』は響き合っているんじゃないかなと感じています。

クコ:僕自身が楽観的だからというのもあると思うんですが、逆にそこまで不幸だという実感がないんです。まとまった時間が取れてよかったな、みたいな感覚で。コロナ禍に『こちら葛飾区亀有公園前派出所』と『BLEACH』のアニメを全部観ました(笑)。だからなのか、主人公よりも、モブを観ていて楽しい描き方がされているなと感じました。部屋でカードゲームをやっているルームメイトだったり、勝手に蒸しパンを食べちゃって謝りに行く同級生たちがよかった。「ああ、これ自分だわ」って思いました。朝のシーンで整髪料を使っているルームメイトがいるのもいいですね。アニメで男子キャラが髪をいじっているシーンは新鮮でした。随所に男子高校生っぽさがありますよね。

舞風:部屋でカードゲームをたまにやっているので、あそこの妙なリアルさは自分も好きです(笑)。ちゃんとプレイマットを敷いてるのがいい。

『どこきみ』で際立つ、へちまのキャラクターデザイン

徳田:アニメシーンにおける『どこきみ』の位置づけについても話してみたいと思います。本作ではへちまさんがキャラデザと総作画監督を務めていますが、『超かぐや姫!』や『学園アイドルマスター』のキャラデザを担当してきたへちまさんが今回『どこきみ』という青春ものど真ん中の作品でもキャラデザを担い、それが映画館に並んでいることには意味があるのではないかと思いました。つまり田中将賀さんが「超平和バスターズ」の『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』や『心が叫びたがってるんだ。』、その後の『君の名は。』や『天気の子』でキャラデザを担当されたことで2010年代の「青春もの」のビジュアルイメージの一端を作ってきたように、2020年代半ばにおけるティーンズキャラのビジュアルイメージの典型が、ある部分ではへちまさんによって作られるのではないかと思ったんです。

舞風:キャラデザに関連して、僕が視覚的に印象に残ったのはライティングです。夏が舞台だからということはあるのだと思いますが、日なたのシーンは全体的に明度が高いんですよね。なのでパッと見ると、肌の白さがかなり映える。そこがかなり最近っぽいようにも感じました。2010年代的な「夏」の表象って、視覚的にはやっぱり「青」が中心だったと思っていて。もちろんPVを観ると『どこきみ』でも青が中心になる場面はあるのですが、やはり全体を通して観ると「白」が目立っていた作品だと思います。

徳田:言われてみれば、『超かぐや姫!』の彩葉ちゃんも白いですね。

クコ:夏クールのTVアニメ『さよならララ』は少し濃いめに設定されていて、昔っぽいという話もありましたよね。

舞風:輪郭線も若干細いですよね。あとは、影のつけ方にも注目できそうです。『言の葉の庭』でよく話題になるように、少し前のトレンドは補色を使いながら影をつけていく方向だったと思っていて。『どこきみ』ではどちらかというと全体的に薄めではありつつ影はくっきりとしているように見える。でも、そっちの方がなんとなく「夏」っぽい。色づかいの方向性は、『どこきみ』から見える20年代の特徴なのかもしれないですね。

クコ:そうですね。線が細いほうが「エモい」感じになるという話もあります。虹を見にいくシーンでも、レンズフレアなどの撮影処理で画面を構成してはいなかったですよね。『どこきみ』は全体的にグラフィカルな作品ではなかったと思っていて、そのあたりは新海誠作品の方向性からは離れている気がします。ただ、今も撮影処理を強く効かせる作品も多いですし、2020年代全体の傾向としてそうなっているかどうかはまだ分かりかねるところです。へちまさんが参加されているスタジオコロリドの『ペンギン・ハイウェイ』や『泣きたい私は猫をかぶる』がそこまでがっつり撮影を使っている印象はないので、その影響とも考えられます。あと、スタジオ単位で考えてみると『どこきみ』はトムス・エンタテインメント第6スタジオですよね。最近だと『彼女、お借りします。』や『オタクに優しいギャルはいない!?』のような異性愛ラブコメを制作することが多い中で、『どこきみ』はもう少し青春小説のほうに寄せている作品だったので、その少しのずれも面白いと思いました。あとは、個人的にひとつひとつのシーンが短いと感じました。場面転換が多いというか。短いシーンを細かく積み重ねていくのは、現代のアニメ映画っぽいなと思います。逆に『超かぐや姫!』はKASSENのシーンに顕著ですが、一つのシーンを長く見せる場面もありますよね。その意味でも、『超かぐや姫!』とはやや違った印象も受けました。

※以下、映画『どこよりも遠い場所にいる君へ』に関するネタバレを含みます。

徳田:丹渡さんはどうでしょう? 映画をよく観ている人として、『どこきみ』が映画館で上映されていることについて、どのように感じますか?

丹渡:この話は誰にも通じたことがないんですが(笑)、2025年秋に『鯨が消えた入り江』という台湾映画が日本で公開されて、ミニシアターで大流行したんですね。違う時間を生きている2人が文通しながら、どちらかが死んでしまう未来を防ぐためにど根性で頑張っていくというストーリーで、直後に公開された『超かぐや姫!』と話の雰囲気がすごく似ているんですよ。映画オタクとしてはこういういわゆる「熱血」の映画が続いている印象で。その意味で『どこきみ』は、それよりは一歩引いている印象です。七緒ちゃんはど根性という部分もあるけれど、それで全てが解決するわけではない。その結末が私は好きだなと思いました。もう少し踏み込んでみると、もし本当にど根性でストーリーを動かすのであれば、和希くんが七緒ちゃんを過去に戻らせない、みたいな展開もあり得たと思うんです。けれど『どこきみ』は、そこまではやらないですよね。七緒ちゃんに対して和希くんはあのあと何もできないし、2人が再会するわけでもない。『超かぐや姫!』や『鯨が消えた入り江』と比べるとやや低体温の作品ですが、それが適切だとも感じました。

徳田:僕も七緒を帰らせない展開はありうると思いました。『無職転生』の第3期では、「元の世界」に帰りたがっているナナホシのエピソードが描かれましたが、これはある見方では「異世界転生もの」に対するストレートな批判にもなります。「居心地のいい転生先」に居続ける主人公に対して、元の世界に戻りたいと強く願っているキャラもいる。『どこきみ』の采岐島も言うなれば「居心地のいい転生先」でもあるわけで、けれどそこに居続けてはいけないんだという話に着地していったので、深夜アニメオタクとしては転生ものに思いを馳せながら面白いなと感じていました。

舞風:そうですね。『どこきみ』はこれまでの青春もののアニメ映画と比べると比較的「クール」な作品なんじゃないかと僕も思っています。「いま、ここ」から逃避はするけれど、最終的に向き合う、というのはかなり成熟した選択ですよね。ただ、それは必ずしも『どこきみ』が常にクールな作品だったことを意味しないのではないかと感じているんです。僕はこの作品は、それなりに「熱血」の作品だった気がするんですね。特に青春もののアニメで顕著なのではないかと感じているんですが、「走る」という行為が物語を決定的に駆動することが多い。『天気の子』にしろ『超かぐや姫!』にしろ、主人公が走り出すと物語がハッピーエンドへと向かっていきますよね。『どこきみ』でも、和希が七緒との関係の中で走り出す印象的なシーンが2箇所あると思っていて。ひとつは、厳密には途中から自転車に乗っていますが、虹を見に七緒を連れ出すシーン。こちらは青春アニメ特有の疾走感があって僕は結構好きです。それでもうひとつが、最後の七緒からの手紙が読まれ始めたシーン。高津から手紙をもらった和希は居ても立っても居られず走り出すわけですが、タイミングがずれてしまっていますよね。映画研究ではメロドラマについて「遅すぎる」ことによるすれ違いが涙を誘うんだ、みたいな話があるのですが、和希は正しく「遅すぎた」と言えるのではないでしょうか。その意味で、タイミングがもうちょっと早かったらもっと「熱血」な結末になったのかもしれない。けれど、そのすれ違いに『どこきみ』のストーリーの美しさがあったと思います。

クコ:自転車のシーンは良かったですね。青春もののアニメだと、クライマックスのシーンで自転車が壊れて、そのあと自分の足で走りがちな印象がありますが、壊れませんでしたね。あそこで自転車が壊れてしまうのは「早すぎる」のかもしれない。また、自転車のシーンと和希の過去がばらされて回想に入っていくシーンはこの作品のなかではかなり長いワンシーンで、力点を置いてじっくりと描かれていましたね。

丹渡:走り出すシーンで言うと、和希くんが幹也を探しに走り出すシーンがあるじゃないですか。ああいうシーンでヒロインじゃなくて男友達のために走り出すのって珍しいと思うんです。私、そこで結構「アツいな」と思っちゃって。

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