【追悼】倉本聰さんは作家であり“思想家”でもあった 長寿ドラマに残した偉大な功績
脚本家の倉本聰さんが、9月18日に多臓器不全のため自宅で死去した。倉本さんが理事長を務めていた財団が9月28日に発表した。倉本さんは脚本家として、国民的ドラマである『北の国から』(フジテレビ系)をはじめ『優しい時間』(フジテレビ系)、『風のガーデン』(フジテレビ系)の“富良野3部作”のほか、『やすらぎの郷』シリーズ(テレビ朝日系)などを手がけてきた。
2006年からは「NPO法人C・C・C富良野自然塾」を主宰し、閉鎖されたゴルフ場に植樹を行い元の森へと返す自然返還事業、環境教育プログラムにも精力的に力を注いだ。
倉本さんの訃報を受け、ドラマ評論家の成馬零一氏も「創世期のテレビを象徴する人」として、その偉大な経歴を振り返った。
「倉本さんはテレビ業界の黎明期から活躍している方で、『北の国から』が代表作ですが、それ以前から彼を知っている人は1960~1970年代からドラマを観ている人ですね。1980年代後半のトレンディドラマの時代からドラマを観始めた人は『北の国から』で倉本さんを知った方が多いと思います。晩年の代表作は『やすらぎの郷』シリーズで、これはいわば“老人ドラマ”といいますか、かつて芸能界で活躍した俳優や脚本家たちが入居する老人ホームを舞台にしたドラマ。個人的にもすごく好きで、“老人ドラマ”というあるようでなかったジャンルを確立しているし、石坂浩二さんや加賀まりこさんといったテレビの黄金期を象徴する人たちが出演していました」
『北の国から』が国民的ドラマとなった経緯について、成馬氏は「ドラマは長く続けば続くほど面白い」としてその魅力を語る。
「『北の国から』の最初のシリーズが終わった後は、数年に一度スペシャルドラマが放送されていました。初期は五郎(田中邦衛)を中心に描いていくのですが、続編が作られるにつれて、子供たちの純(吉岡秀隆)や螢(中嶋朋子)の生涯を追っていく。最初は小学生くらいだったのが、作品を重ねるごとに成長していって、思春期、大人になる過程が描かれていきました。これが1983年から2002年まで続いたので、私(1976年生まれ)の世代は連続ドラマよりもSPドラマで『北の国から』を知った人のほうが多いんじゃないかと思います。ドラマは基本的に長く続けば続くほど面白いと思っていて、なぜかというとキャストと視聴者が一緒に歳をとっていくからです。だから一番面白いドラマは『渡る世間は鬼ばかり』(TBS系)だと思うのですが、“現代”を舞台にしている日常ドラマだと、文化や生活環境はその時々ものが反映されているので、リアリティショーを観ているような感覚に近くなっていく。『北の国から』も純と螢が成長する過程を多くの国民が追っていたという不思議なドラマで、ドラマでありドキュメンタリーでもあったという印象があります。だからこの不思議な現象に付き合っていた世代はやっぱりみんな強烈に印象に残っているし、今でも吉岡秀隆さんを見ると“純くんだ”と思ってしまう。そういう意味ではドラマの枠を超えた特別な番組ですよね」
一方、「『北の国から』の存在が大きすぎるがゆえに、倉本さんをどう評価していいかわからないところもある」と語り、倉本さんの作家としての評価についても分析した。
「倉本さんのほかに、山田太一さん、向田邦子さんはテレビドラマにおける“レジェンド”といわれていますが、山田さんと向田さんはたとえば『岸辺のアルバム』(TBS系)や『阿修羅のごとく』(NHK総合)など、作品として語り継がれているものがあるから、今でも舞台化などでリメイクされて後世にわかりやすく伝わりますし、この2人はフォロワーといわれる作家もたくさんいます。でも“倉本聰のフォロワー”というと、具体的に誰なのか、結構難しい。『トリック』(テレビ朝日系)、『地面師たち』(Netflix)などで知られる演出家の大根仁さんは倉本さんからの影響を公言しています。(※)ですが、ドラマ脚本家で倉本さんの仕事を引き継げる人がいるかというと難しいですね」
成馬氏は倉本さんの評価の難しさについて、作家活動以外に富良野塾や思想家としての活動を紹介した。
「倉本さん自身がある種の“思想家”でもあるんですね。北海道で富良野塾というのを立ち上げて、東京・テレビ業界に背を向けながら脚本の指導と同時に“自然との共生”というような彼自身の思想も一緒に語っていました。その文脈で書籍もたくさん刊行されているし、アニメ監督の宮﨑駿さんの評価と似ているともいえます。彼も『となりのトトロ』(1988年)から『もののけ姫』(1997年)あたりまで、いわゆるエコロジストのように捉えられていた時期があり、エンタメ作家としての側面とちょっとした思想家としての側面が両方あって“巨匠”になっていたと思うんです。だから倉本さんも偉大な人ではあるけれど、テレビ業界にとっては扱いにくいところもあったはずで、自然との共生・文明批判的なイデオロギーを突き詰めると、結局“テレビ業界批判”になるわけですよね。特に晩年はそういったメッセージが強かったと思います。だからこそフォロワーがすぐには見つかりにくい、孤高の存在なのではないでしょうか。また最近は、作家が思想家も兼ねるということが少なくなっていますよね。小説家でいえば大江健三郎さん、お笑い芸人ではビートたけしさんのようなポジションは、松本人志さんを最後に現れていないと思います。逆に堀江貴文さんや落合陽一さんのようなITやビジネスの世界で発信している人のほうが“思想家”として受け止められている。ドラマではたとえば宮藤官九郎さんや三谷幸喜さんがその役割を果たすかといったら全然違うと思うし、坂元裕二さんでもないと思うんです。だから“巨匠”になるにはおそらく面白い物語を作るだけでは不十分で、そこに個人の生き方を左右するようなメッセージが備わっていないといけないんだと思います。もちろん『北の国から』などはドラマとして本当に面白いし、『やすらぎの郷』も倉本さんの思想が表れつつもある種のかわいげがあります。おじいちゃんが愚痴っている感じが思想の発露でありつつコメディなんですね。晩年の作品としてこれが実現できたのは、倉本さん本人にとっては幸せなことだったんじゃないかなと思います」
参照
※ https://mantan-web.jp/article/20121101dog00m200013000c.html