美容整形のリアルに迫る『ダウンタイム』 松岡茉優演じる医師の変化が問う“他者への眼差し”
「ダウンタイム」とは、美容外科の施術を受けてから、赤みや腫れ、内出血などの症状が治まるまでの期間のことを指す。そんな、どこか陰鬱なイメージの言葉をタイトルとしたドラマシリーズ『ダウンタイム』が配信され、話題となっている。Netflixによる日本のオリジナルドラマ『地面師たち』、『極悪女王』など、普段は表に出にくい題材のひとつとして、今回は美容整形業界にスポットを当てた企画だ。
美容整形といえば、好奇の目で見られる分野の一つ。芸能界におけるゴシップネタの定番でもある。本シリーズ『ダウンタイム』は、そういったセンシティブな題材をもとに視聴者の興味を喚起しながら、同時に意外なテーマを浮かび上がらせる作品だ。ここでは、そんな本シリーズが美容整形の直面する問題に迫ったことでたどり着いた答えとは何だったのかを考えてみたい。
主人公は、形成外科医として働く沼田文(松岡茉優)。患者の命を救うことこそが医療だと考え、自身の健康を害するような美容整形に疑念の目を向けている。だが、ある患者の死をきっかけに勤務していた病院を辞めることとなり、さらに家族の借金という苦境が重なったことで、不本意ながらカリスマ美容外科医・遠山凛(仲里依紗)のクリニックで働き、美容外科業界に足を踏み入れることになるのである。
そこで文は、声優を目指して容姿を変えたい女性や、運気のために手相を変えたいという男性、病気で余命わずかな状況にもかかわらず自分のために整形を望む女性など、さまざまな患者に出会っていく。整形に対する嫌悪を隠せない文だったが、一方で患者たちが手術を望む背景には、それぞれ固有の人生や傷があることにも気づき始める。
そうしたストーリーが展開する本シリーズで特筆すべきは、豪華なキャストへの特殊メイクアップアーティストAmazing JIRO(アメイジング・ジロー)の仕事だろう。特殊メイク術を、天野はな、研ナオコ、安達祐実、渡部篤郎らキャストに施し、必要に応じて施術前の状態(ビフォー)、施術後の状態(アフター)をコントロールすることによって、両者の差異を際立たせ、ドラマに求められるビジュアルを提供している。この出来があまりに見事なため、ドラマ業界では珍しく、特殊メイクが大きな話題を集める作品となった。
オリジナル脚本も挑戦的だ。表面的には美容整形の現状をセンセーショナルに見せつつ、整形依存や患者が内面化するルッキズム、理想のイメージを求める社会的圧力といった、シリアスな問題を扱っているのである。たとえば劇中の、ボトックスの濫用だったり、口角を上げる施術で不自然な仕上がりになった例や、政治家が整形でイメージアップをはかり、それが功を奏してしまう社会のいびつな現状などなど、実際に存在する事柄を具体的に表現している点は、攻めている部分といえる。
とはいえ、美容整形の功罪について明確な結論までは、さすがに導き出そうとはしない。「ダウンタイム」が象徴するものの一つは、整形後の自分の顔の仕上がりがどうなるのかという、期待と不安、相反する感情だ。美容整形にまつわる技術革新や諸問題は、答えがまだ“確定していない”という意味で、テーマ自体にもかかっているのではないか。そう思うと本シリーズは、社会問題を痛烈に告発する作品というよりは、具体例を示しつつ、複数の角度からそれぞれの価値観を配置させていく内容になっている。
しかし作中で明確に批判しているものもある。それは、整形したいと思う人を蔑視したり、面白がったりするような世間の風潮だ。研ナオコ演じる患者は、そうした種類の偏見を隠しきれない、主人公の文に対して、「見下している」、「浅ましいと思っているでしょう」などと不信感を表す。