アニメキャラはいつ“瞬き”しているのか? 韓国アニメ『縁の手紙』と日本アニメの違い
リアルサウンド映画部の編集スタッフが週替りでお届けする「週末映画館でこれ観よう!」。毎週末にオススメ映画・特集上映をご紹介。今週は、呼吸を意識すると寝れなくなってしまう徳田が、韓国アニメーション映画『縁の手紙』をプッシュします。
『縁の手紙』
『縁の手紙』は、韓国の同名ウェブトゥーンを原作としたアニメーション映画である。新海誠作品で知られるコミックス・ウェーブ・フィルムが配給を手がけた。
たしかにそのことを知っていると、背景美術や植物の色彩設定などから「新海誠っぽさ」を連想する。といっても制作を手がけたのはNAVERウェブトゥーンの子会社である韓国のSTUDIO LICOであり、監督のキム・ヨンファンにとっては本作が初の長編アニメーションだというから、随所に「新海誠らしさ」だけには還元できない独自の韓国風味がある。
たとえばティーンズをメインキャラクターに据えた物語において、主人公たちと敵対するあからさまないじめっ子が登場し、ジャイアントキリングと因果応報を軸として話が進行する構成は『喧嘩独学』にもみられる。また、キャラクタービジュアルや学校内の風景はほとんど日本に近しいながらも、日本ではみられなさそうな街並みや道路形状が現れては異国らしさを際立たせる。
加えて、吹替版のリップシンクにおける「違和感」も興味深い。一般的に日本のTVアニメにおける発話状態の「口」の描写は、「閉じた状態」「開いた状態」「その中間」の3つを基本としながら、必ずしも実際の発音と口の動きが一致しないまま、いわば省略されたかたちでアニメートされる。逐一個別の発音に応じた口の形を描くことには大きな労力が伴うからだ。
『縁の手紙』でも口の動きはかなり省略されており、一見すると日本のリミテッドアニメーションのそれと大差ない。しかしながら普段見慣れているはずのその省略を、吹替版で観ると微妙な違和感が生じる。これは日本語の母音が5つしかないのに対して、韓国語の母音は21個あるとされ、さらに独立した子音も複数有していることに起因するのかもしれない。韓国語の発話における口の動きは多様であるから、「省略」しているといえども日本語と比べると複雑な動きにみえるというわけだ。
このような何気ないデフォルメにはそこまで強い演出意図があるわけではないはずだが、しかし何気ないからこそ、作り手が自明視しているであろう「自然な」身体の動きを推測できそうだ。
たとえば日本のTVアニメの、特に学園ものの日常描写においては、発話人物以外のキャラクターが微動だにしないことはよくある。話すにしても、動くのは表情だけであることも珍しくない。
一方『縁の手紙』では、会話場面におけるモブキャラの身振り手振りが詳細に描かれていると感じられるときがある。先述した「複雑な」口の動きとあいまって、展開上さしてエモーショナルではない場面においても何気ない身体挙動のアニメートにリソースが割かれている感覚があるのだ。
そして身振りだけではなく、「瞬き」においても似たような印象を抱かせる。作中では、同じように特にエモーショナルではない場面においても、発話人物以外のキャラクターが現実の我々のように瞬きをする箇所がみられた。通常、現実世界の我々は常に瞬きをしているのであり、「微動だにしない」ときでもまぶただけはせわしなく動いていなければ不自然であるから、『縁の手紙』の「動かない人物」の瞬きは、現実に近いという意味ではリアルであるように思われる。
しかし、「現実のような瞬き」をアニメートすればそれで「リアル」になるのだろうか。