『Tシャツが乾くまで』は“好き”を問い直すドラマに “フィルター”が崩れた衝撃の幕開け
だが、一本の電話がすべてをひっくり返した。充が長野でバス事故にあったというのだ。しかも、運転手と乗客は全員帰らぬ人になっており、充だけが行方不明。絶望的な状況とはいえ、その死が確定されていないという行き場のない思いを抱えた咲子の前に現れたのは、偶然コインランドリーで出会った樹生だった。
「僕もです。同じバスに妻が……」そう言う樹生。パートナーが同じバスで事故にあった、という意味では“同じ”かもしれない。だが、あずさは「見つかっている」。つまり、亡くなってしまった側の人だ。まだ「見つかっていない」充とは、かすかなフィルターで隔てられているのを感じた。
“あっち側”と“こっち側”で分けること。それは、大まかに同じにすると不都合が起こるからだ。家電であれば“有害物質”と“無害な空気”とで、わかりやすい。けれど、人間関係における振り分けの線引きは曖昧だ。
バス事故を前に人の“生”と“死”というセンシティブな展開になったからこそ、そこに敏感になる。そして、その感度が一気に引き上げられることで、穏やかな日常で見逃していたものが見えてくるような感覚になった。
充が帰ってくるまで、助け合おうと言った樹生。だが、充の話を聞き出しながら唐突に「本当に素敵な人ですね、旦那さん。でも、僕の妻と不倫してましたよね」と言い放つ。咲子のなかで“自分が見ていた夫”と“知らない夫”とが、振り分けられて別の人間になっていったのではないだろうか。
たとえば、フィナンシェだ。売れ残るように作られていたフィナンシェは、てっきり咲子のために持ち帰られるものなのだと思っていた。夫が妻の好きなものを少し多めに作って、わざと余らせてくれている。そんな、ささやかで愛おしい習慣なのだと。
でも、樹生の言葉を聞いたあとでは、その見え方が少し変わってくる。そのやさしさは、本当に咲子だけに向かっていたのだろうか。あのフィナンシェは、本当に咲子のため“だけ”に持って帰られていたのだろうか。
結婚しても、好きな人を“好きな人”のままでいさせてくれた夫。それは、どこか家族でありながら、他人のままでいられる一線を引いているということなのかもしれない。それこそ、“見せる顔”と“見せない感情”を振り分けていたように。
好きだから見えなかったこと、好きだから見ないで済ませていたこと、好きだから疑わなかったこと――。好きな人フィルターで取り除かれていた、不都合な違和感を直視するのが怖い。
充とあずさの間でどんな出会いがあり、どんな感情の動きがあり、そしてなぜ長野行きのバスへと向かったのか。それは、咲子の心を揺さぶるだけではなく、このドラマを見つめる視聴者にも覚悟を問う。
生方は放送前に「共感や感動を目指した物語ではない」とコメントを寄せていた。(※)もしかしたら、「こんな作品になるとは」と、ある意味で裏切りのような気持ちを抱くことになるかもしれない。それでも、この“好きな人フィルター”を掃除したからこそ、心を吹き抜ける新たな見え方が生まれる予感もする。
心地よさだけではない場所へ連れていかれた先で、自分は何を見るのか。何を疑い、何を信じたくなるのか。ここから始まる思考実験のようなこのドラマが、私たちに何をもたらしてくれるのか。きっとそれを含めて「好きだ」と言わしめてくれるだろうと、楽しみに待ちたい。
参照
※ https://www.tbs.co.jp/tshirt_ga_kawakumade_tbs/about/
■放送情報
金曜ドラマ『Tシャツが乾くまで』
TBS系にて、毎週金曜22:00〜22:54放送
U-NEXTにて、各話放送直後より配信
Netflixにて、7月11日(土)より国内配信、その後海外にて順次配信
出演:蒼井優、中島歩、高橋文哉、夏帆、松山ケンイチ、リリー・フランキー、臼田あさ美、齋藤飛鳥、庄司浩平、久保田薫、飛永翼ほか
脚本:生方美久
演出:土井裕泰、塚本連平、小牧桜
音楽:haruka nakamura
主題歌:スピッツ「見知らぬ糸」(Polydor Records)
プロデューサー:千葉行利、宮川晶
製作:ケイファクトリー、TBS
©TBS
公式サイト:https://www.tbs.co.jp/tshirt_ga_kawakumade_tbs
公式X(旧Twitter):@tshirts_tbs