『地獄に堕ちるわよ』の見事な構成とルックはどう生まれた? 4人のキーパーソンが語り合う
「映画、ドラマを合わせて2026年上半期を代表するヒット作は?」と訊かれた時、その筆頭に名前が挙がる作品がNetflixシリーズ『地獄に堕ちるわよ』であることに異論はないだろう。昭和から平成にかけて六星占術ブームを巻き起こし、地上波のバラエティ番組でも女王として君臨した細木数子の半生を描いた同作は、ネットだけでなく世代や性別を問わずリアルワールドでも実際に多くの人が話題にしていて、そこでは細木数子役の戸田恵梨香の渾身の演技や題材の賛否についての意見が飛び交うこととなった。
一方で、『地獄に堕ちるわよ』についてまだ語り尽くされてないのは、全9エピソードを通じて視聴者の興味を途切れさせない見事な構成と、戦後から現代までの日本の姿を鮮烈に捉えた撮影、美術をはじめとする、これまで日本映画を支えてきたプロフェッショナルによる卓越した仕事だろう。本作で初顔合わせとなった監督の瀧本智行、美術の原田満生、撮影の河津太郎、そしてエグゼクティブプロデューサーの岡野真紀子。『地獄に堕ちるわよ』のキーパーソン4人が勢揃いした取材はこれが初めてとなる。
限られた予算の中で最大限のリッチな映像を撮れるスタッフたち
ーー『地獄に堕ちるわよ』で印象に残ったのは、キャストや演出の素晴らしさだけなく、撮影や美術や音楽などにも徹底している現在のNetflixの日本製作ドラマとしての総合力の高さでした。
岡野真紀子(エグゼクティブプロデューサー/以下、岡野):今回は挑戦的な企画だったし、これまでにない作品のルックを作りたかったので、まとまったチームとかではなくて、1人ずつオファーをさせていただきました。最初にお声がけしたのは(美術監督の)原田さんで、それは企画書の段階から、作品のトーンや世界観を決める上でどうしても入ってもらいたかったからなんです。
原田満生(美術監督/以下、原田):そこからコンセプトデザインやイメージボードを作って。
ーーオープンセットは主にどこに作ったんですか?
原田:戦後の街並みは静岡で、銀座と赤坂は千葉の富津です。最初のキャバレーやENKA(細木数子のナイトクラブ)のセットは東宝スタジオに作りました。
瀧本智行(監督/以下、瀧本):再現か表現かというと、この作品は表現なんです。銀座のクラブ街も、あんなにワンショットでネオンがずっと続いてる場所なんて今も昔も実は存在しない。それは映画的な嘘というか、そういうデザインを原田さんが最初に描いていて。
原田:当時の並木通りと電通通りを足して2で割ったイメージですね。戦後の街並みもそうですけど、再現ということはあまり考えにありませんでした。
河津太郎(撮影監督/以下、河津):再現ではないというのは、今回撮影においても基本になっていて。もちろん、当時の写真であったりとか、(原田)満生さんが膨大に用意してくれた資料もリファレンスにして、そこから作品のルックを逆算していくんですけど。この作品は戦後から2006年頃までの(細木)数子のクロニクルになっているわけですが、そこで時代の移り変わりをどうやって見せるかという時に、時代ごとに色彩を変えたりということはほとんどやってないんです。特殊なエフェクトを入れているのは冒頭のモノクロシーンだけで。それは、美術が優れていないとできないことなんです。そこで撮られているものに賭けるというか。
ーー映っているもののクオリティが高くて準備が万全であるならば、そこで時代によって撮り方を変える必要はないということですね。
河津:はい。それと、戦後から現代までの歴史を撮るということは、照明の歴史を撮るということでもあって。そもそも闇市の頃は光源がほとんどないから、夜は暗いわけです。それが、だんだん復興とともに明かりが増えていって、使っているライトの種類も進化して、都市の光景が変わっていく。その変化をちゃんと捉えるためにも、それを撮る媒体はできるだけ変えない方がいい。だから、レンズとかフィルターとかの小手先になりがちな手法は今回できるだけ排除してます。
ーー瀧本監督をはじめ、皆さん映画出身のキャリアなわけですけど、Netflixの作品を制作する際、どこまで視聴者の視聴環境というのは意識されているんでしょうか?
瀧本:これはもう基準になるものがないので、本当に悩ましいんです。調整室のモニターだけじゃなく、自宅のテレビやスマホでも確認はするんですけど。音はもっと深刻で、5.1チャンネルで仕上げたものを2チャンネルのステレオで聴くと全然違ったりして。画も音も迷いだしたらきりがないのでどこかで割り切るしかないんですけど、随分と迷いましたね。
岡野:瀧本さんは本当に音へのこだわりがとても強く、ステレオで視聴されるお客さんにも、5.1チャンネルで視聴されるお客さんにも、両方、没入感を持って楽しんでいただくために双方のベストをとことん追求してくださいました。
原田:Netflixの作品は予算があるからできるってみなさんおっしゃるんですけど、僕の中ではそういう感覚はなくて。最初に脚本を読んだ時は、なんでこんなに筆を走らせてるんだって(笑)。戦後、高度成長期、現代、それぞれ全部のクオリティをキープするわけですからやらなきゃいけないこともすごく多い。シーンによっては予算のない映画でやるようなアイデアも盛り込んでいって。ただ、CGはなるべく使わない、撮れるものはできるだけ本物を使って撮るというプランニングで。例えば、最初の闇市のシーンも周囲を全部囲っていて。一応、光と影の感じは黒澤明の『野良犬』のオマージュとか言いながら、囲ってないと周りに何もないことが全部バレちゃうんで、カメラもあまり振れなくて。(河津)太郎ちゃんが撮ってくれてるから贅沢な画にはなってますけど、そこまでのやりくりが非常に大変で。最終的になんとか折り合いをつけたわけですけど。……これ、本当にヒットしてるんですよね?
岡野:はい(笑)。本当に多くの方々に楽しんでいただいています。
原田:配信が始まるまで本当にそれが心配で。もしヒットしなかったらきっとNetflix出禁になるんじゃないかって(笑)。
河津:戦後からただ10年おきに現代まで描くというだけじゃなく、それぞれの時代ごとに結構分量がありましたからね。
瀧本:昭和20年代、30年代、40年代と、劇用車をそれぞれ30台くらい用意して、それを入れ替えていかなきゃいけなかったので。クラシックカーの場合、現場まで自走もできないし、30台ということは、30人運転手も必要で。
原田:銀座と赤坂は、夜の渋滞が一つのテーマになるので。あれが表現できたのが、今回すごく力になったと思いますね。助かったのは、(細木)数子には夜の女の顔もあるので、夜のシーンが多かったことですね。車の場合、ヘッドライトだけで背景の車を増やすこともできたりと、昼のシーンだったら誤魔化せないところも、夜のシーンだったら誤魔化しも効くので。昼のシーンはいつも頭を抱えてましたね。
瀧本:昼があるから夜のシーンが映えるんだけどね。観た人の感想を聞くと、昼のシーンも概ね上手くいったんじゃないかって思う。
原田:俺はそう思えなかったんだよなあ(笑)。夜用のつもりで作った美術なのに、なんで昼もここで撮るのって。
瀧本:こうやってうるさいんですよ。画に合わせてホンや設定を直せとも言われたり(笑)。
岡野:よく(原田)満生さんがおっしゃっているのは、Netflixは予算があるって言われるけど、その使い道をちゃんと知ってる人が今の日本の映画界には少ないってことで。今回の作品で集まっていただけたのは、まさにその少ないメンバーだったんですね。限られた予算の中で最大限のリッチな映像を撮れるという。そのメンバーでずっとこうして喧々諤々やってきて、それで結果が出せたことが今回の功績だったんじゃないかと思います。
原田:もちろん映画もこの先やっていくわけですけど、自分がこれまで蓄積してきたいくつかの引き出しを開けようとすると、必ずといっていいくらい予算の都合で開けられない引き出しがあるんですね。Netflixとやっていて思うのは、Netflixだとその開けちゃいけない引き出しを、全部ではないものの、『開けてもいいんだよ』と言ってもらえている気がする。そういうもの作りができる環境は、やっぱりありがたいなって思いますね。
河津:実は、私はこの6年、Netflixの仕事しかやってないんですよ。
ーーずっと『今際の国のアリス』の撮影監督をやってますもんね。
河津:本当は映画の仕事もやりたいんですけどね(笑)。最初に『今際の国のアリス』をやった時からすると、日本におけるNetflix作品のポジションも少し変わってきたような気はしますけど、確かに(原田)満生さんがおっしゃるように『引き出しを開けていいよ』って言われているようなクリエイティブに対する懐の深さはありますね。それは一言でいうと、作品のクオリティを担保するってことをまず第一に考えられるということで。
ーー「日本におけるNetflix作品のポジションも少し変わってきた」というのを、具体的に言うと?
河津:これは自分だけの感覚かもしれないですけど、Netflixが日本で作ってる作品が、ある種、カンフル剤になって、一部の作品では撮影に関しては底上げされてきたんじゃないかなって。自分も『今際の国のアリス』で初めてわかったことなんですけど、配信の世界って、作品が配信されると地球の裏側の人がすぐに観て連絡をくれるようなことが起こるんですよ。それまで、例えば日本映画だと、海外の映画祭に出品されたりしないと、そういう反応がなかなかくることがなかった。でも、いきなりブラジルから反応が来たりもするんですね。こういう時代になると、ある程度のクオリティが担保できていない映画やドラマは、国外ではまったく相手にもされないんだということがわかってくる。それによって、日本で作られる映像作品の最低限のラインというのが変わってきたという実感があります。例えば、ここ数年の変化でいうと、地上波のドラマではゴールデンでも深夜でも、これまで映画をやってきたカメラマンがだいぶ参入していて。それも一つの変化だと思うんですね。
ーーなるほど。映画監督がドラマも手がけるようになったという流れはNetflixに限らず起こってますけど、それにともなって撮影などの映画のスタッフも流れてきてるというのは、言われてみればその通りですね。
瀧本:さっき原田さんは“引き出し”という言葉を使ってましたが、それはやっぱり原田さんが映画の世界で大作をいっぱいやってきたから引き出しをいっぱいお持ちになっているわけで。その経験があるとないとで、例えば予算の少ない作品でのノウハウも全然変わってくるわけです。昔、映画会社の撮影所が機能してた時代は、同じ場所で人がずっと交流していたから、小さい作品でもそれなりのクオリティが担保されていたんでしょうけど、僕らの世代がこの世界に入った頃になると、もう全部の作品が単独勝負みたいになっていて。ただ、Netflixでのこういう経験が業界全体で共有されていって、全体の底上げにつながるといいなとは思いますね。