『天幕のジャードゥーガル』は2026年を代表する一本 原作を深化させたTVアニメ化の意義
筆者は国会図書館に行くのが好きなのだが、同図書館には「真理がわれらを自由にする」という一節が壁に刻まれている。この図書館に行く時は大抵調べもののために行くわけだが、膨大な資料に当たり、わからなかったことがわかるようになる時、この言葉を心底実感する。
知によって人は自由になる。『天幕のジャードゥーガル』はこのことを描いている作品だ。本作を読んで、筆者は国会図書館の標語を何度も思い出した。
13世紀の中東で、奴隷として売られる少女シタラが、学ぶことによって世界の広さを知り、そして過酷な運命に対峙してゆく。圧倒的な武力を有するモンゴル帝国に対して、知恵で立ち向かう女性たちの姿を描いた物語だ。
原作者のトマトスープは、13世紀の中東とモンゴルの物語を、今にも通じる女性たちの苦境と自立心の物語として現代から見つめてみせた。そんな卓越したマンガをアニメ化するのは、『ダンダダン』『平家物語』などで知られるスタジオ、サイエンスSARUだ。
そして、総監督を山田尚子、監督をアベル・ゴンゴラがそれぞれ務めている。この2人の作家によって、このマンガはさらに豊かな眼差しと厚みを持つことになった。
「知ること」が自由を獲得する物語
本作のタイトルにある「ジャードゥーガル」とは魔女のこと。男性中心の社会にあって魔女は、しばしば悪知恵を持って社会を惑わす女性の表象とされてきた。本作はそんな魔女と呼ばれた女性を中心にすえて、歴史を捉え直している。
主人公のシタラは学者一家に奴隷として買われ、そこで知識の大切さを知る。「勉強して賢くなれば、どんなに困ったことが起きたって何をすれば一番いいのかわかるんだ」という少年ムハンマドの言葉で、シタラは学問に励むことになる。
シタラは奴隷だ。本当の家族のように迎え入れてくれた一家に恵まれた彼女は幸運だったが、奴隷という身分ゆえに彼女の行動は制限され自由ではない。しかし、この時学問の大切さを知った彼女は、精神に関しては一つの自由を得たことになる。まさに「真理が彼女を自由にした」のだ。
モンゴル軍に捕らえられた後もシタラを助けるのは知恵である。知性を持って彼女は人類史上最大の帝国を築いたモンゴル民族に戦いを挑むのだ。
そして、本作はシタラの笑顔をめぐる物語でもある。笑うとかわいいと評されるシタラは、当初は学ぶことから逃げるために笑顔を作ってやり過ごす。しかし、モンゴル軍にたった一人で挑むと決めた時、彼女は意識的にその笑顔を武器にすることを決意する。復讐心を巧妙に隠したその笑顔の裏を知るのは、彼女と想いを同じくするオゴタイの第六妃のドレゲネだけだ。笑顔という女性に課せられがちな記号を、本作は知性の発露として巧みに用いてみせる。
そして、本作はシタラだけではなく、彼女と敵対することになる女性たちにもまた知的な人物を配することで、広大なモンゴル帝国の裏側では女性たちが実権を握るための熾烈な戦いがあったことを鮮やかに描き出す。歴史の表舞台ではこれまで顧みられることのなかった女性の視点から歴史を見つめ直していることに本作の魅力がある。苦境に立たされ、翻弄された被害者であった女性たちを、ただ被害者であるだけでなく、自立し、知性を武器に自ら考え行動する、意思ある人物として描き出す。ここに原作者トマトスープの素晴らしい眼差しがある。