『ヌーヴェルヴァーグ』が映し出す“創作の衝動” 誰もが“初めて”に立ち返る傑作に
時代を超えた“映画のパンクロック”
リンクレイター自身は、ゴダールとは正反対の“準備型”の監督だとも語っている。「スポーツをやっていたので、アスリート的な気質があるのでしょう。試合の前にはたくさん練習しますよね。映画に対しても、そういうアプローチをとっています」。即興のゴダールに対し、綿密な準備とリハーサルを重ねるリンクレイター。アプローチはまるで違うが、この映画で彼が捉えようとしたのは、根拠のない“若気の至り”だった。自分には何かができるという確信があるのに、誰もそれを信じてくれない。経験の裏付けがないまま、それでもその自信を持ち続けなければいけない不安定さこそが、ジャンルも時代も超えて、初めて何かを作ろうとするすべての人間に共通する感覚だ。リンクレイターが長年の経験によって培った撮影・演出技術と、初めて何かを作る人間が持つ危うい衝動。その両立こそが、この映画の緊張感と高揚感を生んでいる。
その原点は、リンクレイター自身が映画に興味を持ち、のめり込んでいった過程にある。ゴダールとの出会いは21歳のとき。父親と一緒にテキサス州ヒューストンのライス大学で行われた上映会で『勝手にしやがれ』を鑑賞したが、初見ではよく理解できなかったという。好奇心旺盛な父親もゴダールを知らなかったが、映画に興味を持っているらしい息子との会話の糸口として、この上映会を選んだまでだった。数カ月後に観返し、本を読んで、ようやく理解できたような気がしたと振り返る。
その後、1985年にリンクレイターが立ち上げたオースティン映画協会では、ゴダールの回顧上映を組み、17本の作品を上映した。主に権利が入手可能な初期作品を中心に集め、一般客に向けて上映する一方で、自身も友人数人と同居するアパートでそれらの作品を観続け、「こうして私は独自の映画教育を受けたのです」と語る。奇しくも彼のメンターは映画監督ではなく、コミュニティ・カレッジで出会った評論家やシネフィルたちだった。監督という職業を誰も知らないまま、ただ映画を愛する年上の変わり者たちと過ごした時間が、彼の映画観の土台になったという。
同時代のアメリカン・ニュー・シネマよりも、フランスのヌーヴェルヴァーグの方がはるかにインスピレーションの源だったと彼は明言する。自分自身の体験をそのまま映画にしていいという発想そのものに惹かれたからだ。この運動をリンクレイターは「映画を目指す者にとってのパンクロックだった。カメラを手に取って、作ればいい。ヌーヴェルヴァーグは、映画を撮るならば、史劇でも戦争映画でもなく、手持ちカメラで自分の街の通りを撮り、自分自身の物語を語ればいいと教えてくれたのです」と思い返している。ルールも許可もいらないその発想は、撮影・編集の敷居がスマートフォン1台に下がり、スタジオの援助がなくてもYouTubeで作品を発表できる今の若い作り手たちに、形を変えてそのまま受け継がれている。
現代のクリエイターへ繋がる“創作の衝動”
奇しくも2026年の北米では、同じ衝動を体現するような出来事が偶然にも重なっている。
YouTubeに動画を投稿し続けていた26歳のカリー・バーカーは、初監督作品『オブセッション 災愛』を製作費100万ドル未満で撮り、公開後に週末興収を伸ばし続けるという『E.T.』以来44年ぶりの快挙を成し遂げた。同じくYouTube発の21歳、ケイン・パーソンズは、11歳で独学でVFXソフトを使い映像制作を始め、16歳のときに発表した自主制作短編が2億回以上再生される都市伝説となった。19歳での長編撮影を経て、A24史上最高の初週興収を記録する『バックルームズ』を完成させている。予算も体制も、67年前のゴダールたちとはまるで違う。それでも「これはうまくいくはずだ」という根拠のない確信だけでカメラを回し、世界を驚かせた彼らは今この瞬間、2026年のゴダール、2026年のヌーヴェルヴァーグと呼べるかもしれない。ゴダールが1959年に、リンクレイターが1991年に、そしてバーカーとパーソンズが2020年代に、それぞれ別々の場所で経験した"映画の初動"は、驚くほど同じ形をしている。
この映画は、作り手だけでなく、観る側にも同じ体験を用意している。『勝手にしやがれ』をすでに知っている観客は、ジャンプカットに面食らい、まっすぐカメラを見つめるジャン=ポール・ベルモンドに戸惑い、それでも目が離せなくなった、あの初見の衝撃を思い出す。一方でゴダールを経験したことのない観客だって、逆にこの映画を通して『勝手にしやがれ』に出会うことになる。知識としてではなく、その撮影現場に居合わせた一人の目撃者として。ヌーヴェルヴァーグを知っているかどうかは、もはやこの映画を楽しむための条件にはならない。
『ヌーヴェルヴァーグ』が描くのは、遠い過去の映画史ではない。1959年のパリでも、1990年代のテキサスでも、2020年代のインターネットでも、繰り返し起きてきた、あの最初の衝撃と衝動の物語だ。劇場を出るとき、誰もが自分自身の「初めて」を思い出し、「なにかを始めてみようか」という衝動の甘い誘惑に少し酔っていることだろう。
■公開情報
『ヌーヴェルヴァーグ』
全国公開中
出演:ギヨーム・マルベック、ゾーイ・ドゥイッチ、オーブリー・デュランほか
監督:リチャード・リンクレイター
プロデューサー:ミシェル&ローラン・ペタン
脚本:ホリー・ジェント、ヴィンス・パルモ
協賛:Chanel
配給:AMG エンタテインメント
2025/フランス/106分/仏語・英語/5.1ch/1:1.37/モノクロ/原題:Nouvelle Vague/日本語字幕:井村千瑞
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