一青窈、『シンシン アンド ザ マウス』に共感 「人との接触でしか回復できないことがある」
喪失感を抱えた主人公が、異国の地・台湾で出会った人々の温かさに触れ、少しずつ心を取り戻していく。世界的な人気を誇る吉本ばななの短編小説を原作に、岸井ゆきのと台湾の俳優ツェン・ジンホアのW主演で映画化した『シンシン アンド ザ マウス/SINSIN AND THE MOUSE』が6月26日に公開される。
人と人が出会うことの尊さを描いた本作について、自身も台湾にルーツを持つ歌手の一青窈に、原作者・吉本ばななとのエピソードや自身の思い出を交えながら、映画が映し出す台湾のリアルな空気感と本作の魅力についてたっぷりと語ってもらった。
「人との接触でしか回復できないことがある」
――まずは、本作『シンシン アンド ザ マウス/SINSIN AND THE MOUSE』をご覧になった率直な感想から聞かせてもらえますか?
一青窈(以下、一青):この映画を観ながら、過去の自分を思い出しました。私は小学生のときに父を亡くして、高校生の頃に、今度は母が亡くなったんですけど、そのあとポルトガルをひとりで旅したんです。とにかく、遠い場所――いちばん西の端っこに行きたいなと思って、ポルトガルのロカ岬というところに行って。それが初めてのひとり旅だったんですよね。そのあとスペインで、姉(一青妙)と合流して……なんとなく2人とも、喪失感を抱えたまま、ひとりで考える時間が欲しかったんですよね。
――それが、高校生の頃ですか?
一青:そうですね。高校2年生とかだったかな? そのあと、22歳ぐらいのときに、今度はひとりで台湾に行ったことがあって。私は26歳で歌手デビューしたんですけど、それまでずっと、いろんなオーディションを受けては落ちてみたいなことをやっていて。なかなかうまくいかなかったんですよね。だったら、台湾でデビューしようと思って、ひとりで台湾に行って、現地のレコード会社の人をアポなしで訪ねて、デモテープを渡したりしていたんです。だから、とにかく自分は、ひとりで旅をすることによって、喪失感みたいなものを埋めようとしていたんだなっていうことを、この映画を観ながら再確認した感じです(笑)。
――なるほど(笑)。
一青:そのあとも、失恋してはひとり旅に出るみたいなことをよくやっていて……ラオスとかイースター島とかミャンマーとか、とにかく遠いところというか、普通の人が行かないようなところに、バックパックを背負って、ひとりで行ってみるんです。この映画を監督した真壁幸紀さんが「人と人の触れ合いによってしか人生は好転しない」、「出会ったばかりの人だからこそ話せることがある。異国の地だからこそ打ち明けられることがある」とおっしゃっていましたけど、人との接触でしか回復できないことって、やっぱりあると思うんですよね。だから、当時の自分も、ある意味、本能的に動いていたようなところがあったんだろうなって思って……。
――身の回りにいる馴染みの人たちではなく、自分のことを知らない人たちと接することによって、自分の中で何かが回復していくような……。
一青:そう。あんまり優しくされ過ぎても悲しいし、放っておかれ過ぎても寂しいし、みたいな(笑)。そういう感情の機微みたいなものが、この映画にはすごくよく描かれているなって思いました。で、その向かう先として、台湾を選んだところが、やっぱりいちばんのポイントだと思っていて。台湾の人って、すごくおせっかいなんですよ(笑)。私もそうなんですけど、「とりあえず、一緒にご飯を食べよう」みたいなところがあって。この映画の最初のほうに、みんなで小籠包を食べるシーンがあるじゃないですか。日本の人って、初対面の人と一緒に小籠包を食べようみたいな感じには、流れ的になりにくいような気がするんですけど、台湾の場合は、それが普通というか……。
――しかも、通りに面した街の食堂というか、丸テーブルに丸椅子みたいなお店で、本作の主人公であるちづみ(岸井ゆきの)は、台湾人の母と日本人の父を持つ青年シンシン(ツェン・ジンホア)を、いきなり紹介されるわけで……。
一青:そう(笑)。私も、ひとりで台湾のレコード会社に売り込みに行ったとき、最初はインディーズのレコード会社とかを訪ねたんですけど、その会社のデザイン部の人が、「へえ、日本から来たの?」「歌手になりたいんだ?」「とりあえず今日の夜、一緒にご飯に行こうか?」みたいな感じで、まったく知らない人たちと、一緒にご飯を食べることになって。そこに何か思惑があるわけではなく、ごく当たり前な感じで、一緒にご飯を食べるっていう。実際、その夜、そこのスタッフの方たちと一緒にご飯を食べに行って、その人たちとは、結局20年来の親友になったんです(笑)。
――(笑)。すごく台湾らしい話ですね。
一青:そうかもしれない(笑)。だから、この映画で描かれている感じもすごく納得というか、みんなとてもジェントルだし、「僕の国に来たんだから、僕が全部払う」っていうのは、ホントにそうなんですよね。「自分の国に来てくれてありがとう」「だから私がもてなします」っていうのは、台湾の人たちの気質みたいなものかもしれないです。なので、そういうものに触れることによって、ちづみがだんだんと再生していくのは、すごく納得できるなって思いながら観ていました。
“台湾の風景”を思い出させてくれた
――単にやさしいだけではなく、どこか南国的な大らかさがあるんですかね……。
一青:そこには、台湾の歴史とかも関係していて……でもまあ、そもそも人懐っこいんだろうな(笑)。だからといって、何か見返りを求めたりしているわけではなく……義援金とかも、そうじゃないですか。日本で何か災害が起こると、台湾の人たちはいつも義援金を集めて送ってくれるけど、それによって何か見返りを求めているわけじゃないですよね。あの感じは、すごくいいなって思います。
――そういった台湾ならではの大らかさが、この映画の全体を包み込んでいるようなところがありますよね。それ以外に何か気になったポイントはありましたか?
一青:そうですね……これは多分、私しか引っ掛からないポイントなのかもしれないですけど、夕方のシーンで「エリーゼのために」が薄っすら聞こえてくるじゃないですか。あれって、ゴミ収集車の音なんです。日本は朝だけど、台湾は夕方にゴミ収集車が来る。「エリーゼのために」のメロディが聞こえると、お母さんや子どもたちが、ゴミ袋を持って通りに出てくるっていう。小さい頃、私が台湾に住んでいたときもそうだったから、あのメロディが流れると、台湾の夕方の景色をすごく思い出すんですよね。
――なるほど。
一青:それを、監督が意図的に入れたかどうかはちょっとわからないですけど、私はあのメロディを聴いて「ああ、懐かしい!」って思って(笑)。そういう「耳の記憶」みたいなものって、何かあるじゃないですか。
――日本だったら、夕方5時に流れるメロディのような?
一青:そうそう。そのメロディを耳にした途端、子どもの頃の記憶がブワーッとよみがえるみたいな。そういうのって、みなさんあると思っていて。台湾の街ならではの喧騒も良かったですよね。静かなホテルの一室で、ベッドに横になっていたちづみが起き上がって窓を開けたら、鳥の声とか街のざわめきが急に聞こえてきて。その「音」に、ちょっと心を落ち着かせるというか、ひとりでホテルにいるけど、どこかひとりじゃないような感覚になれるっていう。私は、その「音」が好きでした。日本とは少し違う、台湾の街ならではのざわめき――クラクションの音もそうだし、スクーターの音がうるさかったりするんだけど、そこに台湾らしさを感じて、何かホッとするというか。自分がどんなに喪失感を抱えていても、街の人々がいつもと変わらない日常を送っていることに、ちょっと安心するようなところがあるんですよね。