『風、薫る』明治の手取り問題を『ばけばけ』と比較 シマケンとのすれ違いが意味すること
『風、薫る』(NHK総合)第62話は、ナレーションを務める研ナオコの言葉を借りれば「行き違い、すれ違い、新しい風が吹いてきた」ドラマ後半への布石だった。
看護を学びたいというツヤ(東野絢香)の願いは聞き届けられた。りん(見上愛)と直美(上坂樹里)は院長の多田(筒井道隆)に頭を下げ、特別に受講が認められた。ツヤは看病婦の仕事と並行して、空き時間と休日に講義に参加することになった。生徒たちも、ツヤが看護婦志望であると知って教室に迎え入れる。
看護婦養成所を卒業し、帝都医大病院で働きはじめたりんたちだったが、いきなり看護婦取締に任命され、看護科の第1期生を教えることになった。自分たちでいいのかという戸惑いに加えて、生徒の姿勢もプレッシャーになる。直美は、優秀な生徒たちを教えられるのかとこぼしながら「バーンズ先生の夢でもあるし、頑張らないとね」と言って、気持ちを切り替えた。
そして迎えた給料日。いそいそと裏庭の切り株に集合したりん、直美、多江(生田絵梨花)、トメ(原嶋凛)の4人は、給料袋を開いて顔を見合わせる。入っていたのは10円。明治22年当時の1円はおよそ2万円前後で、初任給としては多くも少なくもないというところだろうか。
ただし、りんたちからすれば、当初、看護婦の月給は30円と聞いていたので「話が違う」と言われても仕方がない。同じ看護婦でも、海外とトレインド・ナースが導入されたばかりの日本では待遇に差があった。
ちなみに、前作『ばけばけ』(NHK総合)で、ヘブン(トミー・バストウ)の女中になったトキ(髙石あかり)が受け取った給金の額は月20円で、当時としては高給だったことがわかる。作中でサワ(円井わん)が驚いたのも無理はない。
給与が10円だったことで現実的な問題が生じる。りんと一家は、卯三郎(坂東彌十郎)が物置にしていた離れに住んでおり、給料がもらえるようになったら出て行く約束だったが、これでは出て行こうにも住む場所が見つかるかもわからない。安(早坂美海)が嫁いだ後も、環(英茉)と美津(水野美紀)と3人で暮らしていくのだ。
直美も、以前住んでいた長屋を訪れたときに、空きがないと聞かされていたので、りんと直美の前に住宅問題が喫緊の課題として浮上した。
さて、シマケン(佐野晶哉)である。夜通し机に向かい執筆する背中は、何かに取りつかれたような鬼気迫るものだった。でき上がった原稿にタイトルと名前を書き入れ、筆を置いた。筆名は「島田健次郎」にしたようだ。書き上げた原稿を抱えて向かったのは団子屋の店先。りんを待っていたが待ち人は来ず、行き違いで二人は出会えなかった。
このことは何を意味するのか? 占い師の真風(研ナオコ)は、りんに「順風満帆なときこそ気を付けるんだよ。間違いが正しくて、正しいが間違いのことがある」と意味深な言葉を投げかける。たしかに、看護婦になって働くりんは、給料が少なかったことをのぞけば順風満帆である。占い師は未来を予言するので、真風の言葉が正しいとすると、正解だと思ってした選択が、間違いだったことになるのだろうか。
シマケンは、初めての作品をりんに見せたかったのだろう。感想をもらいたかったのかもしれない。何を言われても、りんの言うことならシマケンは喜んで受け止めたはずだ。その機会を逸したことは、二人の今後にどう影響するのか。
語りを担当する研ナオコは、意外にも朝ドラは今作が初出演。作中で占い師の真風としても登場する。風を読む真風は人間の運命を知っている。最小限のかかわりによって未来へ手招きする真風は、存在自体が風のようだ。印象的なトーンを持ちながらまったく耳ざわりではない研のボイスは、この役に適任である。
■放送情報
2026年度前期 NHK連続テレビ小説『風、薫る』
NHK総合にて、毎週月曜から金曜8:00~8:15放送/毎週月曜~金曜12:45~13:00再放送
NHK BSプレミアムにて、毎週月曜から金曜7:30~7:45放送/毎週土曜8:15~9:30再放送
NHK BS4Kにて、毎週月曜から金曜7:30~7:45放送/毎週土曜10:15~11:30再放送
出演:見上愛、上坂樹里
脚本:吉澤智子
原案:田中ひかる『明治のナイチンゲール 大関和物語』
制作統括:松園武大
プロデューサー:川口俊介
演出:佐々木善春、橋本万葉ほか
写真提供=NHK