髙石あかりの明るさが『ばけばけ』の本質に ヘブンが“カクノヒト”として『怪談』執筆へ

 大学教授という肩書きを失ったヘブン(トミー・バストウ)が、それでも“カクノヒト”であり続けようともがく。NHK連続テレビ小説『ばけばけ』第119話は、そんな彼の焦りと、トキ(髙石あかり)のまっすぐさが噛み合うことで、物語の次の扉が開いていく回となった。 

 ヘブンが大学をクビになったことを知っているのは、司之介(岡部たかし)と丈(杉田雷麟)だけ。トキをはじめ、家族の誰もまだその事実を知らない。だからヘブンは、何事もなかったような顔で家を出る。けれど、その胸の内が穏やかなはずもない。仕事を失ったことが家族にバレないかという不安もある。だが、それ以上に彼を追い詰めているのは、文筆家として本当にやっていけるのかという恐れだろう。大学という足場を失ったいま、自分は何を書けばいいのか。書くことで生きると決めた人間にとって、それが見えなくなることほど苦しいものはない。

 案の定、執筆活動は難航する。頼みの綱であるイライザ(シャーロット・ケイト・フォックス)や関係者に送った手紙の返事はなかなか届かず、ようやく届いたと思えば中身はどれも断りの言葉ばかり。待ち望んだ返事が、逆に自分の行き詰まりを突きつけてくる。ヘブンが部屋で感情をあらわにし、暴れるように苛立ちをぶつけてしまうのも無理はない。ただ落ち込むのではなく、身体ごと焦りを持て余してしまうあたりに、彼がどれだけ「書くこと」にしがみついているのかが表れていた。

 そんなヘブンの苦境を、まだ知らないトキは、ヘブンがなくしてしまったブードゥードールの代わりに、新しい人形を作り始める。願掛けのようでもあり、お守りのようでもある。そこへちょうどよくヘブン宛の手紙が次々に届くのだから、トキやクマ(夏目透羽)が「ブードゥードールのおかげでは」と喜ぶのも当然だろう。理屈ではなく、信じたいものを信じる。それは一見、呑気にも見える。けれど、その無邪気さに救われる瞬間がこのドラマには確かにある。

 そんなヘブンを前に、トキはようやく真実を知る。普通なら、慰めるか、心配するか、少なくとも深刻な顔になるところだろう。だがトキの第一声は、「なーんだ、なら良かったでないですか」だった。拍子抜けするほど明るい。しかし、この明るさがトキの強さでもある。仕事がなくなったこと自体を“終わり”として受け取るのではなく、むしろ時間ができたのだから、好きなことをたくさん書けばいい。ヘブンは「カクノヒト」なのだと。肩書きより先に、その人の本質を見ている言葉だった。

 さらにこれから400円という大金が入らなくなる現実は、もちろん軽くない。けれど、それで家族が壊れるわけではないとトキは言い切る。松野家はずっと、余裕のない暮らしの中で、それでも何とか生き延びてきた。借金、世間の目、将来への不安。そうしたものに振り回されながらも、暮らしそのものはつないできた家だ。だからトキの言葉には、単なる慰めではない実感がある。ヘブンにとって、それは「肩書きがなくても生きていける」と教える言葉でもあったのではないか。

 とはいえ、ベストセラー作家になるには、何が必要なのか。そこでトキがふと口にするのが、「自分が読める話を書いてくれないか」という提案だ。ここが第119話のいちばん大きな転換点だろう。ヘブンはこれまで、異国から来た自分が日本をどう見るか、日本で得たものをどう外へ届けるか、という発想で書いてきた。けれどトキが求めているのは、もっと近くの本だ。世界へ向けた洋書ではなく、日本人が読める書物。何よりトキ自身が面白がれる話だ。誰か遠くの読者ではなく、いま目の前にいる人を面白がらせること。その発想の転換が、後の『怪談』へつながっていくのだとすれば、第119話はまさにその原点になったと言える。

■放送情報
2025年度後期 NHK連続テレビ小説『ばけばけ』
NHK総合にて、毎週月曜から金曜8:00~8:15放送/毎週月曜~金曜12:45~13:00再放送
NHK BSプレミアムにて、毎週月曜から金曜7:30~7:45放送/毎週土曜8:15~9:30再放送
NHK BS4Kにて、毎週月曜から金曜7:30~7:45放送/毎週土曜10:15~11:30再放送
出演:髙石あかり、トミー・バストウ、吉沢亮、岡部たかし、池脇千鶴、小日向文世、寛一郎、円井わん、さとうほなみ、佐野史郎、北川景子、シャーロット・ケイト・フォックス
作:ふじきみつ彦
音楽:牛尾憲輔
主題歌:ハンバート ハンバート「笑ったり転んだり」
制作統括:橋爪國臣
プロデューサー:田島彰洋、鈴木航、田中陽児、川野秀昭
演出:村橋直樹、泉並敬眞、松岡一史
写真提供=NHK

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