『テミスの不確かな法廷』を傑作にした“天才”ではない主人公 向き合い続けた“分からなさ”

 発達障害であると診断されるまで、安堂の両親、とりわけ父の結城英俊(小木茂光)は、「何でみんなと同じことができないんだ」と厳しく叱る。結城が検察官だったことから、安堂は自宅にあった六法全書に触れる。周りが言う“普通”や“同じこと”が分からない彼にとって「社会の約束事が書かれている」六法全書は「生きるための教科書」で、法律との出逢いで「安心した」ことが司法の場を志すきっかけだったと、のちに彼は小野崎弁護士(鳴海唯)に打ち明けている。父と同じ法曹界を目指したのは必然というわけではないのだが、安堂は裁判官としての壁に打ち当たったとき、結城にも意見を聞きに行っている。山路医師を頼るのは分かるのだが、父であっても理想的なアドバイスができない結城を、なぜ相談相手に選ぶのだろうか。

 『テミスの不確かな法廷』での最初の事件は、姉と弟の絆が引き起こした事件だった。このように、回を追うごとに労働環境の問題や外国人就労者への差別感情といったアクチュアルな話題になると同時に、すべての事件の裏側に家族の物語がある。第2話の学校での傷害事件は、生き別れの兄弟の偶然の出会いから起きたことだった。第3話の過重労働による運転事故死の民事訴訟も、死亡事故を起こし自らも亡くなった佐久間(清水伸)の娘・絵里(伊東蒼)を突き動かしたのは、父に冷たく当たったことへの後悔からだった。第5話の立ち退きトラブルで明るみに出たのは、母から教育を受けさせないなどの虐待を受けていた少女の存在だった。さらに序盤から底流する事件として、過去の一家殺害事件をめぐる再審があるが、すでに執行された死刑囚・秋葉(足立智充)の娘・亜紀(齋藤飛鳥)は、8歳の時に祖父母から事件のことを聞かされ、秋葉からの面談の願いを頑なに拒絶した過去を悔み、再審請求に至ったという。

 今一度、テミスという言葉に戻ってみる。ギリシャ神話に登場する法・掟・正義を司るテミスは、裁きの公平さを象徴する目隠しをした姿としてしばしば表現される。安堂が、一家殺害事件の再審に結城が携わっていると知り、彼が実父であることを周囲に打ち明けて自身が裁判から外れるよう提案したように、感情は公平さの最大の障壁となる。一方、本作で扱われた事件の中には、家族への思いが解決へと導いたものがある。家族という存在に対する感情こそが救いになるというのも、同時に語られているのだ。

 もちろん家族がテーマだとか、家族愛といった卑近なメッセージを伝えたいわけではないのかもしれない。発達障害当事者の困難の現実と同様に、メッセージを前景化するのではなくエピソードやシーンの積み重ねで見せることにより、陳腐さを免れているのである。第1話で、この先裁判官を続けていてよいのか不安を感じた安堂に対し「前を向いていないと、不安は生まれない」と励ました山路医師と、第7話、転んで顔に擦り傷をつけていた息子に対して「前を向いて歩くんだぞ」と言葉をかけた結城とを、作り手は明らかに重ねて見せている。その後結城は謎の死を遂げるため、最期の言葉として安堂にも視聴者にも強く印象付けられる。安堂が最後まで向き合う“分からなさ”は、結城への感情であり、家族という存在なのかもしれない。

■放送情報
ドラマ10『テミスの不確かな法廷』
NHK総合にて、毎週火曜22:00~22:45放送(全8回)
※毎週木曜24:35〜25:20再放送
NHK ONE(新NHKプラス)で同時・見逃し配信予定
出演:松山ケンイチ、鳴海唯、恒松祐里、山崎樹範、山田真歩、葉山奨之、小木茂光、入山法子、市川実日子、和久井映見、遠藤憲一 ほか
原作:直島翔『テミスの不確かな法廷』
脚本:浜田秀哉
音楽:jizue
演出:吉川久岳(ランプ)、山下和徳、相良健一、富澤昭文
制作統括:橋立聖史(ランプ)、神林伸太郎(NHKエンタープライズ)、渡辺悟(NHK)
写真提供=NHK

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