『This is I』が映し出す現実社会の姿 はるな愛映画化の“分かりやす過ぎる”真摯なアプローチ
主人公アイのモデルであるはるな愛は、公式に「ニューハーフタレント」を名乗って活動をする人物で、トランスジェンダーであることも公表している。多感な10代の時期は、アイドルへの憧れを持ち、キラキラしたアイドルソングに耽溺する一方で、暴力的ないじめに遭って教師にさらに責められたり、家族に性別における違和感を話したり誰かに相談することができないことで、孤立感を深めていく辛い姿が、本作で表現される。
さらに成長し、ショーパブで働くようになってくると、女性ホルモンを強めるために肉体的に負担のかかるピルを過剰に摂取することになる。恋人の男性との交際において身体的な悩みが生じたり、子どもを作ることができないという理由で、彼の親族から交際をやめるように言われるなど、男性として生まれたことでの身体的な特徴による悩みが次々に襲いかかる。心身が一致しないことでの苦痛だけでなく、それが社会的な偏見によって増幅されてしまうという事実が、当事者であるはるな愛本人の視点を経由して描かれていることも、本作で示されるのだ。
そうした辛い面をカバーするように配置されるのが、アイドルソングを用いた「エア・ミュージカル」シーンになるだろう。本来、舞台や映画などにおけるミュージカルでは、出演する本人が歌唱する方が評価を受ける傾向にある。本作のように口パクで済ませてしまうのは、場合によっては手抜きだと言われてしまうこともあるだろう。ただ本作に限っては、はるな愛自身がそういった芸で人気を得た存在であることが、この口パクを意味あるものとして特徴的に押し上げることになったといえよう。
松本隆作詞、細野晴臣作曲の、山下久美子「赤道小町ドキッ」が流れるシーンでは、商店街や道頓堀・戎橋を舞台に、本作で最も華やかな群舞が描かれる。このシーンはおそらく、スパイク・ジョーンズが監督した、ビョークのカバー曲「It's Oh So Quiet」のミュージックビデオの表現方法を参考に、1980年代の大阪版のイメージを作り上げたものであると考えられる。このシーンの完成度は出色の出来であり、本作のアイコンともなっている。
はるな愛とのかかわりが深い、MEGUMIや星田英利、そして山村紅葉や藤原紀香などの出演陣にも感慨深い部分はありながら、一方で斎藤工の演じた和田医師や、それを取り締まろうとする中村獅童の対立構造については、その重要度を考えると、かなり簡略化、抽象化され過ぎているようにも感じられる。本作にとってなくてはならない存在であり、描くべき問題であるだけに、劇映画一作の尺で、はるな愛の半生とともに、このエピソードを描くのは難しいところもあったように感じられる。
それでも、最後に和田医師の目の前でアイが踊り、彼の奮闘によって多くの人々が人生を救われたことを群舞で示すラストシーンには、胸を熱くせざるを得ない。トランスジェンダーに対するバックラッシュが、SNSを中心に巻き起こり、さらなる偏見が醸成されているいま、ヘイトスピーチや政治・社会状況が心理的な負担になったり、命を落としているケースも現実に存在している。そんな社会で、身体的な違和感や悩みを解決したり軽減する活動をポジティブに描く本作は、大きな意味があるといえる。
その上で、本作が紛れもなく娯楽作であり、“分かりやす過ぎる”といえるほど分かりやすい内容であることには、この場合プラスに転じる面が少なくないといえるだろう。それは、親しみやすいキャラクターとユーモアを駆使して世間に自身の存在を受け入れさせてきた、はるな愛自身にも重ねることができるからである。この映画そのものが、本人のイメージに近いという意味において、本作のアプローチは真摯だったといえるのではないか。
しかし本作への賞賛の一方で、やはりバックラッシュによる本作への不当な批判も、一部では起こっている。とはいえ、それもまた本作が浮き彫りにした現実の社会状況であることは、紛れもない事実だ。そして、こういった現象もまた、本作『This is I』が描いた、アイの人生の真実味を補強しているといえるのである。
■配信情報
Netflix映画『This is I』
Netflixにて世界独占配信中
出演:望月春希、斎藤工、木村多江、千原せいじ、中村 中、吉村界人、MEGUMI、中村獅童
監督:松本優作
脚本:山浦雅大
音楽:小瀬村晶
企画:鈴木おさむ
特別協力:はるな愛
エグゼクティブプロデューサー:佐藤善宏
プロデューサー:窪田義弘
ラインプロデューサー:保中良介
制作プロダクション:TOHOスタジオ
製作:Netflix