『ばけばけ』の良さが詰まった「借金させてくれ」 “思ってたのと違う”朝ドラの痛快さ
明治25年2月。朝ドラことNHK連続テレビ小説『ばけばけ』の第20週「アンタ、ガタ、ドコサ。」(演出:小林直毅)はトキ(髙石あかり)とヘブン(トミー・バストウ)が熊本で新生活をはじめて3カ月ほどが経ったところからはじまる。
司之介(岡部たかし)とフミ(池脇千鶴)も結局熊本に付いてきて、丈(杉田雷麟)と正木(日高由起刀)も同居している。女中クマ(夏目透羽)も加わって、これが熊本での松野家のレギュラーメンバーとなる。
新生活の朝食は洋食で、生活環境が変化している。舞台が一新したら、その土地の魅力をまず描きそうなものだが、熊本は近代化が進み、古き良きものを愛すヘブンにとって魅力的ではないようだ。予想に反して熊本の冬は寒く、それもヘブンにとっては「思ってたのと違う」がっかりポイントになっている。
第20週は「思ってたのと違う」が満載だ。ヘブンのみならず、誰もが「思ってたのと違う」と新しい環境下で張り合いをなくしている。どこにいても全力で一生懸命に生きるのが、これまでの朝ドラの主人公たちであった。ところが『ばけばけ』は「退屈」にフォーカスする。
ヘブンは魅力的な題材に出会えず、トキとフミはクマに家事一切を奪われて何もできずにいる。司之介は草むしりをしたら暇になってしまうので、ただ草を見ているだけ。それをトキがむしってしまい、絶望する。なんたる虚無。朝ドラで「虚無」といえば、戦争や災害で何もかもなくなったときの虚無であったが、そうではない「虚無」がここにある。小泉八雲の『草ひばり』は濃密で美しいが、司之介の「草むしり」は虚無しかない。
司之介はヘブンの働きでできた蓄えをこっそり持ち出し、さらに借金までして作った元手を、熊本を手広く仕切っているらしいうさんくさい荒金九州男(夙川アトム)に託す。
荒金がどこから見ても怪しいので、ああ、これでまた兎相場のときのようになってしまうのかと、たいていの視聴者は肩を落としたことだろう。ところが、予想に反して、小豆相場が跳ね上がり、元手は増えた。モデルの史実では再び家族が負債を背負うということはないようなので、司之介は損をしないと予想できた視聴者もいるだろう。まあここまでは想定内。だが、そのあとが傑作だ。
増えたお金を前に「思っていたのと違う」お金は増えたらいけないのだと、司之介は絶望し激しく嘆く。「ひりひりとした尻に火のついた張り合いのある暮らし」を味わわせてくれ「借金させてくれ」とすがり、荒金を面食らわせる。
いかにも怪しく見える荒金だったが、ごくまともな人物だった。ドラマによく出てくる、人を騙してどん底に陥れるような人ではなかった。そこまで込みで「思ってたのと違う」展開なのだ。
でもこの展開、思ってたのと違っても、結局、誰も不幸にならないのだから、ひととき笑って、それでいいではないか。そう筆者は思う。岡部たかしも夙川アトムも飄々として掴みどころがなく、それがおかしくておかいしくて、筆者は何度観ても笑ってしまった。無意味な愛らしさは、例えば『岩合光昭の世界ネコ歩き』と同等である。