『テミスの不確かな法廷』を通して考える“正しい大人”に必要なこと 伊東蒼の言葉の重み

「考えない。そしたら怖さから逃れることができるかもしれないと思いました。でもやっぱり、どうしても考えてしまうんです。真実が明らかにならなかったとき、誰かの人生を狂わせてしまいます」

 裁判官は、人の運命を左右しかねない仕事。安堂は発達障害である自分が裁判官に相応しいのかどうか、思い悩んでいた。カバンを置き忘れた時のように細心の注意を払っていても、不測の事態に見舞われて取り返しのつかないミスをおかし、誰かの人生を誤った方向に導いてしまう恐れもある。人一人の人生など、取るに足らないもの。そう思い込み、目の前の業務をただこなすことに集中すれば、その恐れからは逃れられるかもしれない。でも、安堂はどうしても、そうすることができなかった。

 絵里が八御見運送を相手に民事訴訟を起こしたのは賠償金欲しさでも、父親の名誉を回復するためでもなく、ただ事故が起きた原因を知りたかったから。被告代理人の鳴子(安井順平)ははじめ、佐久間が副業に伴う寝不足で起こした事件、いわば自己責任と主張していた。ところが、今度は一転して過積載は佐久間自身の希望により八御見運送が会社ぐるみで行っていたことと認める。加賀美は過積載の実態を知らなかったと主張。その上でもし絵里が和解に応じれば、監督責任として請求している賠償金の8割を支払うとも持ちかけた。八御見運送の社員は、オールタイム急便から仕事がもらえなくなったら自分たちが困るため、押し黙っていた。

 大人たちの思惑によって、法廷で真実がどんどん変わっていく。そのことに対する戸惑いや社会への失望を、第1話のゲストである小林虎之介に続き、『宙わたる教室』から参加した伊東蒼が前回から無言の繊細な演技で表現してきた。その積み重ねがあるからこそ、満を持して証言台に立った絵里の「私は本当のことが知りたいだけなのに」という陳述がより重みを持って響く。

 そんな絵里を萎縮させる目的で反訴をちらつかせる鳴子。冒頭で引用した台詞は、その様子を見ていた門倉が溜まらず発した言葉だ。このまま、わだかまりを残した状態で裁判が終わったら、絵里が傷つくだけではない。責任から逃れた加賀美が下請けへの過積載強要を続ければ、同様に事故が起き、また尊い命が失われる可能性だってある。「徹底的に真実を追求して、ジャッジを下す。それが裁判官の仕事です」とし、オールタイム急便の全下請け会社にドライブレコーダー及び運転違反状況の証拠保全命令を出した門倉。燻っていたロック魂に突き動かされるその様は、理屈抜きにカッコいい。

 安堂から『六法全書』という武器を授けられた富樫の証言によって、佐久間が生前、適切な運搬ができるように加賀美に対して改善を必死に訴えていたことも明らかになる。佐久間が事故を起こし、一人の命を奪ったという事実は変わらない。それでも、罪を犯した過去の反省を胸に、娘に胸を張れる真っ当な人間になろうとしていた。その真実がきっと、この先の絵里を生かしていく。

 「法廷から嘘がなくなる瞬間が好き」と小野崎(鳴海唯)に語った安堂の表情も晴れやかだ。自分が裁判官に相応しいのかどうかと自問自答する気持ちがなくなったわけではない。だが、それこそが第3話から引き継がれた「裁判官の資質とは何か」という問いの答えではないだろうか。一つひとつの選択に、迷いを持つこと。それが裁判官の資質であり、同時に正しい大人のあり方なのかもしれない。

■放送情報
ドラマ10『テミスの不確かな法廷』
NHK総合にて、毎週火曜22:00~22:45放送(全8回)
※毎週木曜24:35〜25:20再放送
NHK ONE(新NHKプラス)で同時・見逃し配信予定
出演:松山ケンイチ、鳴海唯、恒松祐里、山崎樹範、山田真歩、葉山奨之、小木茂光、入山法子、市川実日子、和久井映見、遠藤憲一 ほか
原作:直島翔『テミスの不確かな法廷』
脚本:浜田秀哉
音楽:jizue
演出:吉川久岳(ランプ)、山下和徳、相良健一、富澤昭文
制作統括:橋立聖史(ランプ)、神林伸太郎(NHKエンタープライズ)、渡辺悟(NHK)
写真提供=NHK

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