中村雅俊にとっての『俺たちの旅』とは? 小椋佳の楽曲とともにあった“青春の旅路”

 リアルサウンド映画部の編集スタッフが週替りでお届けする「週末映画館でこれ観よう!」。毎週末にオススメ映画・特集上映をご紹介。今週は、1990年代J-POPを愛してやまない徳田が、『五十年目の俺たちの旅』をプッシュします。

『五十年目の俺たちの旅』

 中村雅俊という俳優/歌手にとって、『俺たちの旅』とはどんな作品だったのか。

 中村にとって本シリーズは「自分はこの芸能界で生きていくのだ」という覚悟を初めて引き受けさせた、原点に近い作品だったという(※)。デビュー曲「ふれあい」の成功を経て、主題歌「俺たちの旅」が多くの人に届いたとき、「事の重大さ」を自覚したという中村の言葉は、この作品が彼にとって、過去を懐かしむ対象であるとともに、今もなお背負い続けている時間そのものであることを物語っている。

 1975年から1976年にかけて放送されたドラマ『俺たちの旅』(日本テレビ系)は、大学を中退し、定職にも就かず、どこか社会のレールから外れた若者たちの日常を描いた青春群像劇だった。主人公のカースケ(中村雅俊)をはじめ、オメダ(田中健)、グズ六(秋野太作)といった登場人物たちは、成功や成長を目指して一直線に進む存在ではない。

 就職する気もなく下駄履きで街をうろつき、「俺は俺のしたいようにするよ」と言い切るカースケ、真面目に会社勤めを始めながらもその選択に揺れ続けるオメダ、皮肉を口にしながら仲間から距離を取ろうとするグズ六。彼らは何度も言い争い、恋愛ではすれ違い、相手を傷つけるような言葉を投げてしまう。付かず離れずの彼らは同じ街で顔を合わせ、また同じような日常を続けていく。物語は、誰かが成功する場面や人生が好転する瞬間をゴールとして用意しない。最終回でさえ、ヨットに揺られるカースケたちの「進路」は示されないままだ。視聴者は彼らを理想像として見上げるよりも、うまくいかない選択を抱えたまま日々を重ねる同士として受け止め、自分自身の記憶に刻み込んでいったのだろう。

 やがて50年。映画『五十年目の俺たちの旅』は、かつて若者だったあの3人が、長い時間を経て「今」をどう生きているのかを描く作品だ。

 半世紀という時間設定ゆえ、本作は否応なくノスタルジーと結びついて語られるだろう。しかし実際にスクリーンで体験するのは、過去を美しく回収する物語であると同時に、時間を積み重ねてしまったこと自体の重みでもある。脚本の鎌田敏夫自身も「“懐かしの映画”にはしたくなかった」と語る(※)。

 その感触を端的に伝えている演出が音楽だ。

 おそらく本シリーズを深く知っている観客であればあるほど、冒頭の「サスペンス」に面食らうことだろう。中村や鎌田自身も意図的にそうしたと語るように(※)、従来のシリーズのイメージとは一線を画すシークエンスが、冒頭から突如提示される。

 そして主題歌の「俺たちの旅」が流れる。

 50年分の回想とともに流れるこのオープニングテーマは、もちろん観客のノスタルジーを刺激する。しかし同時に(冒頭の「サスペンス」もあいまって)この曲に対するわずかな違和感が生まれもするだろう。

 追体験の装置であるはずの「俺たちの旅」が、同時に月日の変化と重みをも感じさせる。中村と鎌田がいまなお新境地に挑まんとする姿勢を象徴するかのような導入だ。

背中の夢に浮かぶ小舟に
あなたが今でも手を振るようだ

 本作を今なお愛してやまない観客は、中村の歌うこの詩と対面して何を思うのだろうか。途中でフェードアウトするこの楽曲は「本当にここで一区切りなのか」という問いを残し、50年という歳月は簡単に整理できるものではないということを楽曲の配置が物語っているかのようだ。

 長い歳月を感じさせるという点では、「君が開く扉の向こうに」が流れるシークエンスも見逃せない。同曲は中村が1993年に発表したバラード。フォーク調の「俺たちの旅」と、いわゆるJPOPバラードとしての「君が開く扉の向こうに」の対比は、それ自体1970年代の「歌謡曲」の時代から平成初期に至るまでの時の流れを感じさせる。

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