及川光博が『ぼくたちん家』で“ミッチー”を封印した意義 不器用でも愛される玄一を体現

 12月14日に最終回を迎えるドラマ『ぼくたちん家』(日本テレビ系)。居心地の悪い社会で生きづらさを抱える人々のヒューマンドラマやラブストーリーが描かれる本作を穏やかな眼差しで支えたのは、21年ぶりに連続ドラマで主演を務めることになった及川光博だった。

 2025年に出演した作品での及川の七変化ぶりは言うまでもない。1月に放送された日曜劇場『御上先生』(TBS系)では、暗躍する文科省の局長・塚田としてヒール役に徹したかと思えば、金曜ドラマ『イグナイト -法の無法者-』(TBS系)で演じた弁護士の桐石拓磨は、主人公の宇崎(間宮祥太朗)をサポートする冷静沈着なキャラクターだった。

 ただ、劇中では“カメレオン桐石”の異名で呼ばれるほどの七変化ぶりで、潜入捜査先ではその特徴を遺憾なく発揮する。表情の変化を駆使してあらゆる顔を使い分け、相手を騙しにかかる桐石の得意技は、及川の臨機応変な芝居ともどことなく似ていた。どんな作品の背景にも馴染みながら、異彩を放つ個性は唯一無二。役柄に徹するプロフェッショナルな姿勢と、常にエンターテインメントを提供する“ミッチー”としての素顔のギャップにも毎回、驚かされる。

 そんな彼がゴールデン・プライム帯で初主演を務めることになった『ぼくたちん家』で演じたのは、動物飼育員として働く中年のゲイ・波多野玄一。家でファミリーサイズのアイスを食べる心細さから訪れたパートナー相談所で、職員の百瀬(渋谷凪咲)に授けられた「恋と革命」という言葉に感銘を受け、さまざまな人を巻き込んだり巻き込まれたりしながら、夢に掲げた「“かすがい”となる家」を手にいれるために奮闘する。

 及川の演じる玄一の魅力は、何事にも不器用なところだ。穏やかで心優しい人となりは、捨て置かれている動物たちを見過ごせない。次々と家に引き取っては名前をつけて、等しく愛情を注いでいく。そんな彼が手を差し伸べるのは動物に対してだけではなく、やむをえずに理不尽な状況に置かれた人々にも同様だった

 玄一が再会して早々に「家を買うってどうですか」と提案した索(手越祐也)との恋模様は、ゲイのパートナーである吉田(井之脇海)とのゴールの見えない同棲生活に絶望して家を飛び出し、車中泊をしている彼に手を伸ばすところから始まった。最初は前のめりにコミュニケーションを取ろうとしたせいで、距離感が近すぎると索に指摘されていたが、玄一の一途な思いが届いたことで、いっしょにアパートで暮らし始める。玄一が索と話すときはどこか自信なさげで、年齢に負い目を感じている様子はとことんリアルで、及川の細やかな芝居への気配りが、日常会話のあちこちにちりばめられているのを実感する。

 そして、玄一にとっては思いもよらずに巻き込まれることになった親子のフリ計画の発端となったほたる(白鳥玉季)との出会いも、犯罪になることはわかっていても放っておけない、彼の不器用な性格が表れていた。ほたるに「3000万円あります。家欲しいんですよね。私、あなたを買います」という衝撃的な一言を告げられたとき、あの心優しい玄一でさえも一度は拒否した。しかし、警察官の松(土居志央梨)を交えた面談で切実な表情を浮かべる彼女を見捨てておけず、「うちの“娘”がお世話になっております」と宣言する。実際、この第2話における一幕は、のちに大きな騒ぎを引き起こしてしまう。それでも玄一が、ほたるに等身大の喜びを楽しみにしながら過ごせるようになってほしいと願って告げた一言は、彼女にとってどれほど心強く響き、張り詰めた緊張感をほどく言葉だったことだろう。

関連記事