井川遥が語る俳優業と人生の揺らぎ 子育ての経験で得た“自分が大事にしたいもの”への意識
堺雅人が8年ぶりに映画の主演を務めた『平場の月』が口コミで話題になっている。朝倉かすみの同名小説を『花束みたいな恋をした』の土井裕泰監督が映画化した本作。妻と別れ、地元に戻って印刷会社に再就職した堺演じる青砥健将が、中学生時代に想いを寄せていた同級生の須藤葉子と再会し、少しずつ離れていた時を埋めていく大人のラブストーリーだ。ヒロインの須藤葉子を演じたのは井川遥。大人の女性の秘めた感情を描き出す本作での役作りや、キャリアを通して感じる“変化”について語ってもらった。
「“素”が出てしまった」堺雅人との再共演
ーー『平場の月』は井川さんにとって新たな代表作になる気がします。
井川遥(以下、井川):ありがとうございます。そう言って頂けて嬉しいです。撮影が終わって1年近く経ちますが、私にとっても思い入れが深い作品になりました。原作ファンの方もたくさんいらっしゃるので、どのように受け止めていただけるか、ドキドキする気持ちがあります。
ーー最初にこの作品のオファーを受けたときはどのように感じましたか?
井川:私たちの世代を等身大で描いた大人のラブストーリーは、特に日本の映画ではなかなかないなと感じていたので、今回お話をいただけてとても嬉しかったです。自分が年齢を重ねてきたからこそ共感できる部分もたくさんあったので、今まで生きてきた中で経験してきたことを投影できる作品だなと感じました。
ーー須藤葉子という役は井川さんご自身に近い部分もあったのでしょうか。
井川:私自身も人との距離感が一気に縮まる感じはなく、じっくりという感じです。まずは「自分で解決できないかな」と考えるところなどは、須藤と近いところがあります。土井(裕泰)監督は以前ご一緒したときに私の中に須藤の“太い部分”を感じたとおっしゃっていたんです。
ーー役作りについては、声のトーンや語尾などを土井監督と一緒に試行錯誤しながら作っていったそうですね。
井川:原作でも脚本でも須藤の語尾に甘さがなくて断定的な言葉で中性的な感じがありました。女性って共感しながら含みやニュアンスを持たせて会話する感じがありますよね。須藤はぶっきらぼうですし、すんとしていて、本心を見せない中での感情表現というのが難しかったですね。ひとり佇んで普段は見せない顔を見られてしまっても「不覚にもそんな姿を見せてしまった」と思うような人でもありますし。原作では“青砥や周囲の人からみた須藤”として描かれているので、須藤像を明確にしながら、人に頼るまいと生きてきた彼女のシャープな佇まいを表現できたらと思っていました。ひとつひとつのシーンを「須藤だったらどうするだろう」というように監督に演出して頂きながら作り上げていきました。
ーー終盤、須藤(井川遥)が青砥(堺雅人)に別れを告げるシーンでは、須藤が青砥の顔を見ずに答える姿が印象的でした。あのシーンを演じる上で、難しさはありましたか?
井川:青砥は今が幸せだと思っている一方で、須藤はそれを切り離していく。2人の姿が対照的なシーンです。帰宅する時から須藤としてはなんとか取り繕って明るく努めている。でもその胸の内はぐちゃぐちゃで。撮影時は須藤と自分との境がなくなってしまうぐらい、溢れてしまって感情に蓋をして撮影したような感覚でした。
ーー相手が堺雅人さんだったからこその安心感もあったのではないでしょうか。
井川:堺さんは懐が大きくて、どんなことでも受け止めてくださる安心感がありました。シーンが進むほどに信頼関係ができていつもこちらをおもんばってくれる。そういう姿が青砥と重なりました。
ーーお二人は過去に何度か共演されていますが、今回の撮影を通して、堺さんは井川さんについて「こんなにはっちゃけた方だと思いませんでした」と話されていたらしいですね。
井川:(笑)。私も人との壁を越えるのに時間がかかってしまうタイプなんです。堺さんとは何度か共演しているとはいえ、これまではあまり2人だけのシーンがなかったんです。今回は一緒にいる時間の長さ分だけ、私の“素”が出てしまったのかもしれません。
ーー普段はあまり自分自身をさらけ出すことはないんですか?
井川:そんなこともないんですが、少し緊張しいで、内弁慶なんですよね(笑)。常にどこかで「ちゃんとしていなきゃ」と思っているところがあって。とは言っても、今回のように“素”の自分が出てしまったとき「あれは失礼じゃなかっただろうか」「自分だけはっちゃっけ過ぎてしまったんじゃないか」って(笑)。
ーー今回共演してみて発見した堺さんの新たな一面があれば教えてください。
井川:青砥の“日常の生活感”みたいなものが、ご自身の中からすごく当たり前のように出てくるところに、堺さんの生き方や人柄を感じました。博識で何を聞いても楽しそうに答えてくださるし、堺さんは女性的な視点もお持ちなので、人への配慮が細やかで、スーパーに行けば食材の話をし、年齢が近いから体のことも話したりと話題が尽きなくて楽しかったですね。今回は作品のテーマは恋愛を描きながらも折り返しを迎えた人生をどう生きるかという大きなものがあるので、そういう意味でも、堺さんと一緒に作り上げた感覚が大きいです。