“史上最短”の映画化はいかに世界を掴んだ? 『8番出口』川村元気監督が語る大ヒットの裏側

「こういう題材だからこそ、日本映画の文脈も意識したいと思った」

川村元気

ーー監督作としてはこれが2作目になるわけですけど、前作『百花』とはジャンル的にはまったく異なりながらも、やはり通じるものがあると思ったんですね。監督川村元気の作家性というものを、ご自身はどのように捉えているのかなと。

川村:アイデンティティとしては、たくさんのアニメーション映画を作ってきたというのがあって。個人的な映画体験としては、押井守監督と今敏監督の存在がとても大きい。彼らが『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』や『パプリカ』で実現していた斬新なアニメーション表現を実写映画に移入してみたら、ユニークな映画体験が作れるんじゃないかというのが、ここまで2作でトライしてきたことで。

ーーなるほど。ジャンルで考えると繋がりがわかりにくいですが、ストーリーテリングの手法で考えるとおっしゃるその通りですね。

川村:きっと、それを進化させたことを今後もやっていくのかなと思っています。自分が重要視しているのは、表現したいストーリーと映像手法がマッチしていること。僕より役者の演出が上手な監督はたくさんいるし。僕よりクールな絵を撮れる監督もたくさんいるでしょう。僕はそこまで上手くモブも撮れないし。

ーープロデューサーならではの説得力ですね(笑)。

川村:プロデューサーとして一緒に仕事をさせていただいた先輩方もたくさんいるので、自分の得意なことと苦手なことには自覚的にならざるを得ない。

川村元気

ーーストーリーと映像手法の合致というところで、川村さんが得意としているものを具体的に言うと?

川村:人間のインサイドアウトというか、人間の内面世界が現実に溢れ出た時のギョッとする感じを映像にすること。それは『百花』も『8番出口』も共通している。多分、僕も20代でいきなり映画を撮ってちゃんと面白いものになったのかなっていうと、全然その自信はない。自分が求める映画の基準がかなり厳しいし、頭抜けたレベルの監督たちとこれまでやってきたから、そういう人たちの仕事を見ながら「やっぱりまだまだ自分には面白い映画は撮れないな」と思ってきました。40代になって、自分でストーリーを書き、自分なりの勝負できる表現や演出がやっと見つかり始めて、できることからちょっとずつ始めている感じです。

ーーそういう意味でも、今回『8番出口』で大ヒットという結果を出したのは大きいですね。

川村:素直に嬉しいです。宇野さんにはかなり早い段階で『百花』を評価していただきましたけど、結果、あの作品ではサン・セバスティアン国際映画祭で監督賞をもらって。あれは、本当にびっくりだったんです。同じコンペにホン・サンス監督とかもいたので、「いや、これはもう絶対無理」と思って、帰りの支度をして空港の近くのホテルにいたんですよ。そこに電話がかかってきて、急いで会場に戻ったんです。

ーー(笑)。

川村:でも、『百花』で現実を突きつけられたのは、まあ、海外で当たらなかったんですよ。アメリカにいたっては劇場公開もしてもらえなくて配信ストレートになってしまって。「キツいなあ、日本の実写映画」って。落ち込みました。

ーーそれは作品がどうこう以前に、枠組として日本の実写映画の置かれている状況がってことですか?

川村:アジアではある程度観てもらえたんですけど、とにかく欧米の壁が厚かった。ヨーロッパの映画祭で賞を獲ってもこういう結果か、とがっかりして。次は絶対、欧米でもヒットさせてやるぞっていう気持ちが、『8番出口』に取りかかる時にすごくあって。

ーー川村元気監督作品の大きな特徴というのは、別のジャンルの才能を映画の世界に連れてきているところで。それは、日本の実写映画を刷新していく上ですごく重要なことをされてると思うんですね。

川村:本作の企画者でもある坂田悠人プロデューサーは、僕と一緒のSTORY inc.にいる30歳の若手で、彼の初企画なんですよ。ちょうど僕が『電車男』の企画を出した時のような感じで、従来の映画原作の文脈とは違う、インディーゲームの提案があった。それで「坂田君、これ僕に監督やらしてくれないかな」って、僕からお願いしたんです。

ーーへえ! 坂田さんの手柄は大きいですね。

川村:とても大きいです。彼は『8番出口』を作る前のKOTAKE CREATEさんと、京都のビットサミット(インディーゲームのイベント)で会ってましたから。

ーー共同脚本の平瀬謙太朗さんや、編集の瀬谷さくらさんは『百花』から続いてですが、お二人とも普段は広告業界で仕事をされている方ですよね。

川村:『8番出口』は脚本や映像のアイデアから始まり、編集や合成までかなりチャレンジが多くなることがわかっていたから、結果として、そういうところのアイデアが豊富なスタッフの力を借りました。ハリウッドは、外の才能を取り込むことによって生き延びてる村だと思っていて。イギリスで面白いミュージックビデオを作ってるやつがいたらあっという間に飲み込むし、メキシコから面白い監督がでてきたらすぐに『ハリー・ポッター』を撮らせるしみたいなことをやってきた。アニメーション、演劇、ファッションデザイナーといった、別のジャンルで活躍している才能がいたら、どんどん飲み込んでいく。僕のプロデューサー脳が監督の自分にこういう才能を、映画村に移住してもらおうと命令している感じがあります。

ーーなるほど。

川村:どういう表現をするかというのは、どういうチームを作るかということと近しいので。

宇野維正

ーー一方で、『8番出口』のエンドロールで目を引いたのは、山田洋次監督、是枝裕和監督、李相日監督という、日本映画界で大きな功績を残してきた世代の異なる3人の監督の名前がSpecial Thanksとしてクレジットされていることです。川村さんとそれぞれ交流があるのは知ってますが、どうしてこの3人で、具体的に『8番出口』にどのような貢献をされているのでしょうか?

川村:『8番出口』という今回の題材から、最も遠いところにいる3人の監督にアドバイスをいただこうと思ったんです。

ーー確かに遠い(笑)。

川村:山田さんに脚本を読んでもらったら「もう! 僕はこういうゲームみたいの全然わかんないんだよ!」って怒られて。「ずっと同じところにいるじゃないか!」「16シーンしかなくてこれどうやるんだ!」って(笑)。でも、「わかんないんだよ!」と言いながら、「じゃあ、1ページ目からね」って。ここのト書きは説明しすぎ。ここは何言ってるかわからないから切ったほうがいい。ここは喋りながら歩かないと。みたいな、とても明解なサジェスチョンをしてくれました。

ーーすごい。でも、山田さん相手にそれができる川村さんもすごいですね。

川村:昔、『七人の侍』の脚本家である橋本忍さんの家に山田洋次さんに連れて行ってもらったことがあって。山田さんも若い頃、橋本忍さんの家に行って脚本についていろいろ相談されていたそうなんです。だったら、図々しいけれど自分も同じことをやろうと思って。是枝さんからは脚本の構成について決定的なヒントをもらいましたし、李さんからは主人公のキャラクターについて決定的なアドバイスをもらいました。こういう題材だからこそ、まったく突拍子もない作品を作るのではなくて、日本映画の文脈も意識したいと思っていて。こういうピーキーな題材だからこそ、ちゃんとそういう文脈をもたないと、ただ上滑りしてしまうので。

ーー先ほど、溝口健二の『雨月物語』についても言及されてました。

川村:『百花』もそうですが、現実世界からいつの間にか幻想世界に入り込んでしまうという物語の構造は、溝口健二監督の影響が大きいです。溝口の表現は、押井守監督や今敏監督がアニメーション作品で表現していたことにも通じている。もしかしたら、自分がそれをまた実写映画の世界に引き戻しているのかもしれません。

(左から)川村元気、宇野維正

ーーこれは答えにくい質問かもしれませんが、アニメーション映画のプロデューサーとして様々な経験をしてきた川村さんは、近年、オリジナルのアニメーション作品の興行面での苦戦が続いていることをどのように見てますか?

川村:本当に観客はシビアだなと実感しています。もっと「珍しいもの」を作らないと、と思います。

ーー「珍しい」?

川村:『花、面白い、珍しい。これらは三つの同じ心である。花は散り、また咲く時があるがゆえ珍しいのだ。その時々の世相を心得、その時々の人の好みに従って芸を取り出す。これは季節の花が咲くのを見るがごときである』。これは500年前の世阿弥の言葉です。人はなぜ花に惹かれるのか? どうして桜の下にあれだけの人が集まるのか? それはすぐに散っていく「珍しい」ものだからだと世阿弥は言っている。今アニメーション作品で細田守監督や新海誠監督が出てきた時のような新鮮さを提案するのは、とても難しいことだとも思います。

ーー『百花』が海外のお客さんにあまり観てもらえなかった理由も、そこにあったのかもしれませんね。

川村:おっしゃる通りです。だから、次は世界中の映画祭や観客に“珍しい”と思うものにしてやるぞと思って、『8番出口』を作りました。時代の気分を感じながら「花」のような、「珍しく」「面白い」映画を創る。世阿弥の言葉は、僕の作品づくりの指針となっています。いつかそれが、桜のような「普遍の珍しさ」になることを目指して。

■公開情報
『8番出口』
全国公開中
出演:二宮和也、河内大和、浅沼成、花瀬琴音、小松菜奈
原作:KOTAKE CREATE『8番出口』
監督:川村元気
脚本:平瀬謙太朗、川村元気
音楽:Yasutaka Nakata(CAPSULE)、網守将平
配給:東宝
©2025 映画「8番出口」製作委員会
公式サイト:exit8-movie.toho.co.jp
公式X(旧Twitter):@exit8_movie
公式Instagram:@exit8_movie
公式TikTok:@exit8_movie

川村元気
1979年横浜生まれ。『告白』『悪人』『モテキ』『おおかみこどもの雨と雪』『君の名は。』『怪物』などの映画を製作。2011年に「藤本賞」を史上最年少で受賞。12年に発表した初小説『世界から猫が消えたなら』は、35の国と地域で翻訳出版され累計270万部を突破。他の著書に小説『億男』『四月になれば彼女は』『神曲』『私の馬』、対話集『仕事。』『理系。』等。22年、自身の小説を原作として、監督を務めた映画『百花』が公開。同作で第70回サン・セバスティアン国際映画祭「最優秀監督賞」を受賞。本年、監督作『8番出口』が第78回カンヌ国際映画祭正式招待作品に選出された。同作はNEONによる北米配給をはじめとして、世界100以上の国と地域で上映が決まっている。映画公開に先駆け、小説『8番出口』(水鈴社)も出版された。
公式HP:https://genkikawamura.com/

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